『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #63 『青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集』 西崎憲 編訳
2025年1月9日の一冊
「青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集」西崎憲 編訳(亜紀書房)
何度も読み返したくなる本というものに出会うことがある。日々、多くの本が私の手元を行ったりきたりするなかで、自分の蔵書の本棚に残している本はおそらくそういうものなのだろう。
その中に新しく加わったのが、今日の一冊。ヴァージニア・ウルフの短篇集。
ウルフの作品は、『灯台へ』『自分だけの部屋』『オーランドー』などが代表作として挙げられるが、本書は主題『青と緑』を含む、22篇が一冊に集まっている。
正直に言う。私はウルフの本を持ってるにも関わらず、読了したことがない。はじめて『灯台へ』を手にしたときの私には、受け止めきれない ”凄み” があったのだと思う。
ラムジー一家が灯台を目指すまでの彼らの会話、それらを介しながら渦巻く心理、その心情ありきで歪む風景。物語を通して描かれる “ウルフ的” 表現が私のキャパでは手に負えなかった。
ページを開くごとに私の生きている世界とは明らかに違うという確信が芽生え、物語への没入感の心地よさを知った。ヴァージニア・ウルフの世界に強く惹かれているというのに、きっと文学というものの強烈な魔力のようなものに引き寄せられる “怖さ” のようなものを感じていたのだろう。
ただ当時はその自覚は全くなく、単純に難しい、という感想を得て「一旦休み」状況に入ってしまった。
そして今、心のどこかに引っかかっていたウルフに対する興味を改めて刺激してくれる一冊に出会った。
こういうときの ”短篇集” というものの存在ってありがたい。ハードルの高さそうなものでもトライしやすい。小さな物語を一つずつ楽しむことができるからだ。
(そもそも読書にハードルも何もない、読みたいものを然るべきときに好きなように読めばいいと思うのだけれど‥逆説的に言えば、自分の持っている世界を飛び越えたいときに目の前に在る本は “ハードル” でもいいし、”トライ” しても良いではないかという理屈も私の中にある。)
この短篇集にトライしたことは、結果的に正解だった。第一篇『ラピンとラピノヴァ』を読みはじめたとき、どっと一気にウルフの世界に引き摺り込まれる感覚がした。
数少ない登場人物のそれぞれの心理を、彼らの日常を取り巻く自然の中の生物たちを取り込みながらジワジワと膨らませていく。次第にどこの世界にいるのかわからなくなる。
でも、私自身の心の有り様も、いつもこんな風に、目に見えるもの、かつて見たもの、聞こえてくるもの、味わったものなどが入り混じりながら、流れるように変化しているのではなかったか‥?初めて読むものなのに、かつての自分の内側に迸った何かではないか?というような錯覚さえ起こさせる。
あるいは、人間の本当に深い部分、一度も知ることのできなかったかもしれない何か、を目覚めさせてくれるほどの。
ウルフの文学に試され、己の内側を、ひょっとしたら危ういくらいに深いところまで見つめることを促されるかのような、ヒリヒリとした幻想世界に埋没してしまいそうになるのだ。
文学による心理実験のような、読者にもパワーを強いるほど圧倒的であり、極めて痛快な表現力。これに向き合っている時間がなんとも愉快で楽しい。読書のおもしろさを根底から知ることができる。
だが、そして、一度読んで、理解しようとすることは諦めた。
これはもしかしたら何度も繰り返し読むことで、毎回見える風景を変えてしまう作品だと思う。読者側の心境によっても変化があると思う。だから私は読了したら、またはじめから読み返してみたい。
同じものが同じとは思えないのではないかという予定調和を、全く予想のできない不調和で切り崩してくれる文学として期待したり、読者的にも実験してみたいという欲求を満たしてくれる作品として楽しんでみようと思う。
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秋光つぐみ