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89 怒る指導からの脱却~脳神経科学とメンタルトレーニングの視点から~
「怒る指導」は、一時的には効果があるように見えますが、長期的には子どもの自主性や創造性を奪い、学習や成長の意欲を低下させることが脳科学的にも明らかになっています。では、どのようにして怒る指導から脱却し、成長を促す指導に変えていけばよいのでしょうか?
1. 怒ることの脳科学的影響
以前、ある学校のバスケ部のアシスタントコーチを務めたことがあります。そのチームの顧問は、練習中も試合中も怒鳴るタイプでした。
「なんでそんなミスをするんだ!」
「お前、やる気あるのか!」
こんな言葉が飛び交うと、選手たちは次第に委縮し、試合中のミスが増えていきました。プレッシャーの中で思い切ったプレーができず、試合終盤にはまるで動きが硬くなったように見えました。
この現象は、怒られることで脳の扁桃体が過剰に反応し、「闘争・逃走反応(Fight or Flight)」が引き起こされたためです。
• ストレスホルモン(コルチゾール)が増加 → 学習効率が低下
• 前頭前野の働きが抑制 → 理性的な判断が難しくなる
• 恐怖回避の行動が強化 → 「怒られないための行動」になり、本質的な学びにつながらない
結果として、選手たちは「怒られたくないから行動を変える」だけで、「なぜその行動が必要なのか」を深く理解できませんでした。
2. 怒ることとフィードバックの違い
この経験から、私は選手たちへの声掛けを変えようと決めました。
✅ 「怒る」:指導者の感情が中心
• 「なんでできないんだ!」
• 「何回言ったら分かるんだ!」
➡ 感情的な言葉は子どもの自己肯定感を低下させ、恐怖やストレスを生む
✅ 「フィードバック」:子どもの成長を促す情報提供
• 「今のプレーは、どこを見て動いていた?」
• 「次はどうしたらもっと良くなると思う?」
➡ 具体的な改善策を示すことで、成長のきっかけを作る
エピソード:怒る指導からフィードバックへ
私は顧問の先生が怒鳴るのとは対照的に、選手たちと対話することを意識しました。例えば、ある選手がパスミスをしたとき、私は彼にこう問いかけました。
「今のパス、相手ディフェンスを見ていた?」
選手はハッとした表情をして、「いや、見ていませんでした」と答えました。
「じゃあ、次のプレーでは、ディフェンスがどこにいるか確認してからパスを出してみようか」
次のプレーで彼はディフェンスの位置を意識し、見事に正確なパスを通しました。その瞬間、彼の表情には自信が宿り、チームメイトとも笑顔でハイタッチを交わしていました。
3. 怒らずに指導するための工夫
怒る指導から脱却するためには、指導者自身がセルフコントロールを意識し、適切なコミュニケーションスキルを身につけることが大切です。
• ポジティブリフレイミング(視点を変える)
❌「また忘れたの?」 → 「どうすれば覚えやすいか一緒に考えよう」
• 問いかけを使う(考えさせる)
❌「なぜできないの?」 → 「どうすればできると思う?」
• セルフコントロールを意識する
怒りを感じたときは**「6秒ルール」**を意識し、深呼吸を取り入れる
エピソード:ポジティブリフレイミングの実践
バスケ部の練習中、ある選手がフリースローを連続で外して落ち込んでいました。顧問の先生は「何やってるんだ!集中しろ!」と怒鳴りましたが、それでは選手のメンタルが萎縮するだけです。
そこで私は「今、どんなふうにシュートを打っていた?」と声をかけました。選手は「力が入りすぎていたかもしれません」と自分で気づき、次のシュートで落ち着いてフォームを修正し、成功させました。
4. 子どもの自主性を育む
脳科学的にも、「自分で決めたことは学習が定着しやすい」とされています(自己決定理論)。
• 選択肢を与える(「どっちの方法でやる?」)
• 成功体験を積ませる(「できたね!」の積み重ね)
• 失敗しても大丈夫な環境を作る(「失敗から学ぼう!」)
5. 「愛のある厳しさ」へ
怒らない指導は甘やかしではなく、適切なルールのもとで、子どもが自ら考え、行動できるようサポートすることが大切です。
• 「なぜそのルールがあるのか」を伝える
• 「期待している」ことをポジティブに伝える
• 「感情的な言葉を使わず、行動に焦点を当てる」
エピソード:「愛のある厳しさ」
バスケ部の試合前、ある選手がウォームアップを適当に済ませていました。顧問の先生は「ちゃんとやれ!」と怒鳴りましたが、私は「試合の序盤から動けるためには、どんなウォームアップが必要かな?」と聞きました。
選手は「もっとしっかりストレッチをした方がいいかもしれません」と自分で気づき、その後は積極的にウォームアップに取り組むようになりました。
🔹まとめ🔹
怒る指導をやめることで、子どもの脳はストレスから解放され、学びやすい環境が整います。指導者自身がメンタルトレーニングを実践しながら、子どもが「自ら成長したい」と思えるような関わりを目指しましょう!