
【1分小説】もものとろとろハピネスパフェ
「1、2…今回で3回目かぁ。」
ゆかは、指で数えながらつぶやく。
7月の上旬に相次いだグループディスカッション選考に落ちるのは、これで3回目。
大学帰りに選考結果のメールを見て、ため息をつく。
「何がだめだったんだろうなぁ。」
おとなしい普段の性格からは想像できないほど、ゆかはグループディスカッションで話している。
まずは相手の意見を全肯定。そこからさらに意見を提案する。
積極的に書記もやっているし、提案しているんだけどな。
3連続敗退は、さすがに響くものがある。
迷宮入りする攻略法に思わず空を見上げた。
雲行きがだんだん怪しくなっている空。
最近ゲリラ豪雨が多く、急に雷もぴかぴかするからあんまり外を歩きたくなかった。大学から家までの徒歩15分も本当は歩きたくない。
今にも泣きだしそうな空につられて、ゆかも泣きそうになる。
急に強風が吹いてきた。
ぱたぱたと激しい音がする先に視線を向けると、最近できたばかりのファミレス「ヨッテミーナ」があった。
「このお店、地元にもあったな。懐かしい」
岐阜で地元の友達とよく行っていたファミレス「ヨッテミーナ」。
絶妙なネーミングセンスにハマり、高校時代のたまり場だった。
みんな元気かな。みんな頑張ってるんだろうな。
「私は頑張れてるのかな。」
ゆかは再び泣きそうになった。
ぱたぱたする音の正体はお店ののぼりだった。
『もものとろとろハピネスパフェ 発売中!』
絶妙なネーミングセンスに、さらに昔の記憶がよみがえってきた。
『ちゅるちゅるピーチのときめきパフェ』
こんなに注文するのにためらうパフェの名前があるのかと、地元の友達と大爆笑した4年前、高校2年生の夏。
結局面白がって注文してみたところ、やっぱり「ちゅるちゅるピーチの~…」と言うのは恥ずかしかったけど、味はとても美味しくて、そのギャップにまた大爆笑した思い出だ。
懐かしい記憶がよみがえり、吸い込まれるようにして「ヨッテミーナ」の中に入った。
お店は開店して1か月くらいだったと思うが、お客さんが全然いなくてこっちが心配になる。
「ももの…とろとろハピネスパフェ…ください。」
絶妙なネーミングに、思わず声が小さくなってしまった。一人だとこんなに照れるのか、とゆかは苦笑する。
少しして、すぐにパフェがやってきた。
「おお…パフェだ…」
100点満点の見た目のパフェだった。
ピンクのソースやヨーグルト、ゼリーがきれいな層に重なっていて、さくさくしてそうな細かいクッキーの層の上に、つやつやしている桃がのっている。そしてさらにその上には桃のホイップクリーム!最高か?この食べ物。
スプーンで下まできれいにすくって、口に入れる。
「おいしい。」
ベリー系の甘酸っぱいソースと、酸味とコクのあるヨーグルト、塩味のあるクッキー、そして甘い桃のバランスが最高。
そしてほんとに桃がとろとろしている。
暗い雲が立ち込めていたゆかの心が、ハピネスパフェで少しずつ光が差し込んできた。
「とろとろ…ハピネスだぁ…」
パフェのネーミングと全く同じ感想しか言えなくて、笑ってしまう。
心がゆるくほぐれる感覚は、久しぶりだった。
このまま選考に落ち続けたらどうしよう、頑張らなきゃ、と心のどこかで焦っていた。
二口目を食べた瞬間、ゆかの目に涙があふれてきた。
地元の友達に、私も就活頑張ってるよ、元気にしてるよ、とパフェの写真と一緒に送ろうと心に誓う。
このまま就活がうまくいかなくなってつらくなっても、パフェは相変わらず美味しいだろう。
パフェがあれば、またハピネスになれる。
ゆかはお会計を済ませてドアを開けると、雨雲が遠ざかっていく空を見つめた。