【連載小説】古いもの、新しいもの 後篇

 戻ってきた彼女のグラスには、再びメロンソーダが注がれていた。

「で、ボクの疑問も聞いてもらってもいいかい?」

 なんだろう、彼女の疑問とは。

「ええ、どうぞ」

 私は促す。

「どうしてキミはこんなことを考えたんだい?」

 彼女は座り、目の前のメロンソーダをひと啜りした。

「何かきっかけでもあったように思えるけれども」

 私がこの疑問を持ったきっかけか。少し思案する。

「とくに大きな理由はないのだけれども、古い建物を残すことにどんな意味があるのか、私以外の意見を聞きたかっただけ、かしら」

「なるほど。ではキミの考えを聞かせてもらってもいいかな。僕も個人的にすごく気になる」

 私は、私自分が考えていることを一度彼女に話すことにした。

「古い建物も新しい建物……いや、建物に限らず全てのものはどちらも必要だと思うわ。温故知新という言葉があるでしょう。古いことから新しいことを学ぶ。それが私たちの仕事でしょう? 結局は古いものは新しいものの礎になるという重要な役目があるから、それを果たすためには残すのは理にかなっているわ。でも」

 と私は息をつく。

「私はなにも、そんな無理して古いものを残す必要はないと思うの。ただそれだけ」

 そう、残すことに意味があるのではない。残っているものから学ぶことに意味がある。そう考えた。

 考えてみれば古い物を残すなんて合理的ではない。古くて無益なものは捨ててしまい、新しくて有益なものをたくさん増やすべきなのだ。

 でも本当はそうじゃないのだろうと思う。

 合理的な事だけをするのが人間じゃないのだ。そんな不合理は、本当は必要なものであるのだろう。

 そこに至るまでの過程を無視して、なんでもかんでも古い物は残そうという結論にいたること。それこそがいけないことなんじゃないかな、と思う。

 私はそこまでは口に出さなかった。きっと彼女なら、今の私の言葉でそこまでの内容を察してくれると思ったから。

「ふぅん……」

 彼女はそう呟いて、何も言わなかった。でもその彼女の表情はいつも私の話を理解したときの表情で、きっとわかってくれたのだろうと思った。

 そんな彼女をみて、私は満足した。


 結局話は止まらず、私たちは様々な話をした。

 ふと時間を確認すると、午前4時を少し過ぎたくらいであった。ここに来た時にはまばらにいた客もいなくなり、ファミレスにあるまじき静寂が私達を包んでいた。

「おや、もうこんな時間か」

 彼女も時間が気になったのだろう。自分の携帯電話を見ながらそう言った。

「そろそろボクはお暇しようかな。明日も講義があるしね。キミはどうする?」

「そうね。私はもう少しここにいるわ。いろいろ考えたいこともあるし」

 そうか、じゃあおやすみ、とあくびをしながら彼女は自分の分の代金だけをおいて帰って行った。

 残された私は一人で悶々と考えていた。さっきまでの彼女との会話で、私は満足できたのだろうか。

 よくわからなかった

 ただ、これからも私自身のスタンスは変わることはない、変える必要がないということはわかった。と思う。


 半年後。

 私の通っていた小学校が正式に取り壊されることとなった。

 あんなに署名を集めていたのに、卒業生一丸になって保存するように努力していたらしいのに。

 あっけないことだ。壊すなんて一瞬だろうと思う。

 どうやら取り壊しの日に卒業生が集まって同窓会をやるらしい。母親から、今度はそのことを知らせる連絡がきたが、今度はノーを返した。

 そんな壊れていくものにみんなで集まってどうしたいのだろう。壊れるなら壊れさせてしまえばいいのに。

 ふと、私は押し入れの中の昔のアルバムを探した。最近小学校時代の話をよくされるから、なんだか気になって見てみたくなったのだ。

「たしかこのへんにあるはずなのだけれど」

 アルバムは押し入れの奥にしまってあったダンボールの中の一番下に入っており、長年開かれていないためホコリだらけであった。

 ページをめくると小学校時代の私がいた。たぶん小学校の正門の前で取った写真だろう。ランドセルを背負った私が、今より少し若い両親に挟まれて写っている。

 その写真には肝心の校舎は写っていなかった。

 私はその写真をみてパタリとアルバムを閉じた。そしてアルバムを再びダンボールの一番下に戻したのだった。

 多分もう二度と見ないのだろうと思いながら、私は押し入れの一番奥にダンボールをしまいこんだ。

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