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「世界中が味方」だとしたら、「ありのままの自分」が見えてきた話
THE COACH Academyの同期と一緒に、「ザ・メンタルモデル ワークブック」という本を読んでいます。
元となる本の「ザ・メンタルモデル」は、THE COACH講師のおかちゃんや同期から、「無自覚の思い込み」や「シャドウ」の理解を深めるのにおすすめの本として出会いました。
そして「ワークブック」はその実践編で、ワークを通して自己内省を深めることができる本です。(ワークシートは公式サイトからダウンロード出来ます)
ワークをやり始めたタイミングで同期に声をかけてもらい、一緒に読み進めていくことになりました。ありがたいなぁ、タイミングが合うときってあるものだなぁ、と同期の縁と行動力に感謝しています。
そして同期と対話する中でたくさんの気付きが得られたので、noteに残したいと思います。
今回は、第一章の振り返りです。
「ネガティブな自分」「ありのままの自分」「自己受容ってこんな感じ?」に気付いた話です。
自己内省が多くなりますが、良ければお付き合いください。
「イケてる私とダメな私」
第一章では、自分の内側ある、自分に対する思い込みを観ていきます。
・私たちは、自分の生存のために、社会に受け入れられようとしながら成長する
・周囲からの期待・正しさ・べき論・常識を規範とする
・無自覚のうちに「人に受け入れられる "いい" 自分」「人に受け入れられない "ダメな" 自分」という概念を作る
この「無自覚の概念」に自覚的になるために、「こんな自分はイケてる」「こんな自分はダメ」と思っていることを書き出していきます。
私の場合、こんな感じになりました。
イケてる
・努力、成長、がんばり屋
・いつもニコニコしてる、人あたりが良い
・まじめ
・丁寧、几帳面
ダメ
・気が弱い
・頼れない
・自信がない
・保守的、保身的
・イライラしやすい
・ダラダラ、怠け者
「イケてる」よりも「ダメ」の方が、圧倒的にスラスラと書けました。
気付いたこと
イケてる私
・いつもニコニコしてる、人あたりが良い
・まじめ
・丁寧、几帳面
これは「イケてる」というよりも、「何とか捻り出した、長所」でした。自分の特性のうち、今まで人に褒められたり、学業や仕事で役に立ったことがあるもの。
「長所」とは呼べるけれど、自分自身で「イケてる」という前向きな言葉で捉えているものではありません。むしろ、「面倒な性格だなぁ」「損してるなぁ」と思うことも多いです。
だけど、「自分はこういうものだから、仕方ないんだよね〜」という諦めにも似た感覚を持っている「自分」です。
・努力、成長、がんばり屋
これは「イケてる」の中で唯一、「人から褒められた」だけでなく、「自分自身が、この自分でいることが楽しかった自分」です。
コツコツ努力して、出来ないことが出来るようになったり、新しいことを学ぶのは、とても楽しかったという実感があります。
なんだかこれはとても大事にしたい「自分」な気がします。
ダメな私
・気が弱い
・頼れない
・自信がない
・保守的、保身的
・イライラしやすい
改めて自分が書いた「ダメ」を冷静に眺めてみると、「自信のなさ」と「嫌なヤツ感」が凄いなと思います(笑)
でも、もし私の周りの人に、私の評価を聞いたら、こんなに悪口は言われないはず…。
ということは、自分で自分のことをそんなに責めなくてもいいのかもしれません。
思い返してみると、「イケてる」の方の「がんばり屋」と書いているときにも、心の奥で「私程度の努力レベルで、そんなこと言っていいのかな…」と思っている自分がいました。
とにかく自分に自信がない、自分はダメ、いいところなんてない…。
そんな「ネガティブモンスター」が心の奥に住み着いている。自分は「ダメ」と思いやすい傾向にある。
それに改めて気付いて、自分を助けてあげたいような気持ちになりました。
・ダラダラ、怠け者
「ダメ」の中でも、これだけは「ネガティブ」と少し違います。
「イケてる」の「がんばり屋」の対極にあるもので、「許せない、嫌いな自分」です。
「ネガティブモンスター」の自分を「青色」だと例えると、これは「赤色」な感じがします。
以前、自分の中に「クソリプ野郎」がいるというnoteを書きましたが、それがまさに「赤色」の自分でした。
「イケてる」も「ダメ」も思い込み
ザ・メンタルモデルでは、この「イケてる」「ダメ」という線引きは、無意識に自分の中に作り出した概念に過ぎないと考えます。
「イケてる私」とは、人にウケがよく、この社会に適する上で都合がいいと思いこんでいる自分の中にある性質で、「ダメな私」はその逆
これを聞いて、特に自分の「ダメ」について、しっくり来ました。
「ダメ」な自分は、まさに「人に好かれない」「社会の役に立てない」と思っている自分です。
今まで、自分の「自信のなさ」は、「スキル不足」や「努力不足」が原因だと思っていました。しかし、その「自信のなさ」の奥には、「人に受け入れられたい」という願いがあって、そこから不安や怖れが生まれていたのだと気付きました。
ただ認知する
ではその「ダメ」をどうしたらいいかというと、ポジティブに変換するのでもなく、改善しようとするのでもなく、ただ「ある」として認めるのだ、といいます。
・「いい・悪い」と評価してしまっても、「ああ、自分はそうやって評価をするのだな」「自分は自分をダメだと思いこんでいるのだな」とただ認知する
・「ダメ」でも別にいいんだ、とポジティブに捉えるのではない
・「ダメ」をどうにかしようとしない
・自分の中にあることを、「ある」として認める(自己受容)
・自己受容によって、ありのままの自分でいていいという安心が生まれる
え????
今まで、「改善すること」「成長すること」は良いことだと教わってきたし、自分でも良いと思ってきました。
「ありのままでいい」というのは、怠慢ではないのでしょうか。逃げではないのでしょうか。
たぶんきっと、ポジティブでもなく、怠慢でもない、ただフラットな、違う感覚があるのでしょう。
アドラー心理学では、「自己受容」について、「肯定的なあきらめ」という言葉を使っていました。
私が「イケてる」を振り返った時に感じた「自分はこういうものだから、仕方ないんだよね〜」という「諦めにも似た感覚」は、もしかして自己受容なのでしょうか。もし「ダメ」な自分に対してもそういう感覚を持てたら、何かが変わるのでしょうか。
ありのままの自分
「イケてる」「ダメ」を分ける線が自分の中になく、ただあるものをすべて、ありのままで受け入れられたら、どんな自分がそこにいるのか
もし自己受容できたら、そこに、どんな自分がいるのか。
今まで、「なりたい自分」「理想の自分」というのは何度も考えたことがありました。もっと勉強ができるようになりたい、仕事で必要とされるスキルを高めたい、人としての器を大きくしたい…。
でもそれって、「本当になりたい自分」なのか、「ありのままの自分」なのか、と問われると、違う気がします。
ありのまま… ありのままって何?
もし世界中の人が味方だったら
「ありのまま」がゲシュタルト崩壊しそうな頃、同期との対話から、アドラー心理学の「共同体感覚」という考え方を思い出しました。
共同体感覚
他者を仲間だとみなし、そこに「自分の居場所がある」と感じられること
アドラー心理学の考え方と「ザ・メンタルモデル」の考え方はすごく共通点が多いように感じています。
そして「他者は仲間」だと思うと、こんな問いが浮かびました。
もし世界中の人が自分の味方だったら、どんな自分がそこにいる?
なんだか急に、心の中の暗いモヤが晴れていくような気持ちになりました。白いキラキラした光の中にいるような感覚です。
そこに「なりたい自分」「仕事ができる自分」はいなくて、「イケてる」の「努力、成長、がんばり屋」=「自分自身が、楽しかった自分」だけがそこにあります。それも「努力 is 正義」「怠け is 悪」という極端な固い気持ちではなくて、「楽しいことを思う存分やりたいな〜」という、わくわくした自分。
「ダメ」な自分は、溶けて見えなくなるような感覚。完全に消滅するのではなくて、空気になる。そこにあって当たり前で、意識しない、みたいな感じ。
そして、世界中の人が味方だったら、もっと人と積極的に関わりたい。大人になって忘れていたけど、本来の自分は、ただ単純に、人懐っこい。
あぁ、なんかすごくしっくり来た気がします。
「青い」「ネガティブモンスター」や「赤い」「クソリプ野郎」、自分の中にいる色々なキャラクターたちが、溶け合って「白い」光の中にいるイメージ。
最近、コーチングをすることを少し「怖い」と思っていました。「私なんかに出来るのだろうか」と。
でも今、「白い光の中にいる自分」をイメージして考えると、「ただコーチングに惹かれているから、もっと学んでみたい!」「人と関わりたい!」という前向きな気持ちに変わってきました。
この感覚が、自己受容なのかは分からないし、ただの逃避かもしれないけど、今感じているのは「自由」で「自然なエネルギーがあふれている」感覚です。
まとめ
・私たちは、自分の生存のために、社会に受け入れられようとする
・無意識に自分の中に「いい・悪い」の概念を作るが、それは思い込み
・自分の中にあることを、「ある」として認める(自己受容)
・自己受容によって、ありのままの自分でいていいという安心が生まれる
「自己受容」はまだ完全に理解したわけではないけれど、
「ネガティブモンスター」に引っ張られて、悲観的になりやすい自分
学ぶことが楽しくて、人が好きな自分
に気が付くことができました。
日常でそれらを意識し、さらに自己内省が進んでいくと、自分がどう変わっていくのか楽しみです。そしてそれに気付かせてくれた同期に感謝です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!