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人を呪わば穴二つ

その昔、たった一度だけ、私は人を呪ったことがある。

悍ましい現実に耐えられず、骨の髄まで染みついたキリスト教の教えに苦しめられ、自我を保つために、愚かにも人を呪ったのだ。

呪詛。言霊。
それは、たまたまだったかもしれない。
自然の摂理であって、その人の運命だったのかもしれない。

それは誰にもわからないことだけれど、私は確かにそいつを呪った。

「あんなやつ、一生苦しみながら生きればいい。私の痛みを、苦しみを、絶望を、生涯をかけて全身全霊で感じて、生きればいい。簡単に死ぬなんて絶対に許さない」

夜が来るたびに、涙を流しながら、星に祈った。
古びた書物を読み漁り、こんな生命、いくらだってくれてやると、震える手で悪魔を召喚しようとしたりもした。

POEMS症候群
その悍ましい病を目にしたことはあるだろうか。

ある日突然、全身に力が入らなくなり、リウマチの如く指先はひん曲がり、無菌室に入れられて、手足は骨と皮だけになり、お腹だけが腹水で腫れ上がり、目はギョロつき、歯は抜け落ちて、髪の毛は全て抜け落ちる。

皮膚は末期癌のごとく黄変して、気持ちが悪いくらい艶やかで

まるで爬虫類のようになる病だ。

私は思った。
「天罰だ」

それでも恐怖に支配された脳は、変わらぬ笑顔と態度を求め、反抗する心は私の自我を奪っていった。

まるで壊れた玩具のように、恐怖と実害から解放された瞬間、聞き分けの悪い身体、意思とは無関係に流れ出す涙、制御できない希死念慮に襲われ、嘔吐する日々。

"人を呪った、私のせいだ"という、自責の念。

誰にも悟られないように、無理に笑顔を貼り付けて、無理にでも動き続け、日常をやり過ごした。

何かの糸が切れたように、赤信号を進めと勘違いして渡った。

猛スピードで走る赤いスポーツカー。
鳴り響くクラクション。
鮮やかに揺れる街路樹、鳥の囀り、犬をつれたお姉さんの悲鳴。

私を突き飛ばした君は、真っ青な顔で泣き崩れた。

「聞いても言わないと思うから、何も言わないよ。でも、こんなのは間違ってる」
「死のうとしたわけじゃないよ」
「じゃあ、どうして苦しそうな顔で笑って、鼻歌混じりで車に突っ込んでくのさ」
「信号が、青だったから」
「みんな、止まってるのに?」
「なんで渡らないんだろうと思ってたんだけど、ごめんね」
「君のごめんは信用ならない」

そんな風に馬鹿げたやりとりを交わして
「一体どうしちゃったの、何があったの」
と聞かれても、何があったか答えることすらできない。

ただ私は楽になりたかっただけ

ただ私は普通に愛されたかっただけ

ただ私は生きてるって感じたかっただけ

ただ私は疲れただけ。

それが全てだった、多分。
あの時の気持ちは正直覚えていない。

ただ、本当に信号が青だったから渡っただけというのは事実だった。

人を呪わば穴二つ。
想いが強ければ強いほど、言葉には魂が宿り、呪詛となり跳ね返ってくる。

願わくば、同じ過ちを犯す人が現れんことを。
願わくば、同じ過ちを二度と犯さんことを。

願わくば、あの人の最期が幸せであることを。

夜が来るたびに、私は星に願いを託さずにはいられないのだ。

生ぬるい風が頬をさらう。
この身に流れる穢された血を嘲笑うように。

生暖かい雨が髪を濡らす。
血の涙を流す資格がないと嘲笑うように。

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