【完全版】西洋出版史に興味がある全員に読んで欲しい15冊
Twitterで西洋出版史たん(@publishtan)というアカウントを始めて1年少しが経った。
もう趣味に近いのだが、中世ヨーロッパ(特にイタリア)における印刷、出版の歴史を勉強し、発信するためのアカウントだ。
西洋出版史と言うと歴史色が強く、紙の本が前提であるように見える。
しかし、実際のところは現代の諸問題を解くアプローチとしても非常に有効な情報史、コミュニケーションしと言っても良いのではないかと考えている。
関連するキーワードは以下のように、多岐に渡るからだ。
・中世史
・ドイツ、イタリア、フランス、ベルギー、イギリス史(地域史に近い)
・文学史
・宗教史、特に中世キリスト教史
・素材としての紙
・挿絵、木版画
・写本
・パトロネージュ
・印刷術の発明、普及
・印刷業
・検閲
・焚書坑儒
・百科全書
・集合知
・図書館
・書誌学
・書物についての書物
・読書
・Google問題
・紙とデジタル
・史料、資料
・メディア
・コミュニケーション
・広告
・書店
など
つまり、学問として興味のある方はもちろん、以下のような方にも西洋出版史は有用な情報を少しは提供できるのではないかと考えている。
・メディア、コミュニケーションの変遷を知りたい
・紙とデジタルへの向き合い方を探りたい
・ただただ綺麗な本が見たい(結局これも大きい)
しかし、Twitterアカウントだけでは深い情報を伝えきれないことも事実だ。
以前大学生のフォロワーさんから「参考文献を教えて欲しい」という声もいただいたので、自分が教典としている書籍を15冊に(泣く泣く)絞ってご紹介したい。
大学時代の書物がメインのため、少し古い可能性があるのはご了承いただきたい。
また、学問として興味がある人もいれば、ビジュアルとして写本やアンティークブックが好きな人、メディア・コミュニケーション論として気になる人もいるため、「入門編」「中級編」「上級編」の3つに分けた。
以下のような方をイメージして分類しているため、参考にしてもらえればと思う。
入門編:キーワードの1つ、2つには興味はあるが自信はない人
中級編:歴史もしくはメディア論は理解しているがもう1段謎を解きたい人
上級編:学問として知識を深めたい・分厚い本もドンと来い!な人
入門編
ウンベルト・エーコ・ジャン=クロード・カリエール 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』
1冊目に同書を選ばずして何を選べばよいのか。
自分が長年抱えていた書物に対する興味、疑問にひとつの光明を差し込んでくれたのがこの本です。
『薔薇の名前』などでも有名なエーコ先生はすでにお亡くなりになってしまったのですが、この本の素晴らしいところは、実に難しく議論されがち、考えがちなことをシンプルにわかりやすく言語化していること。
例えば、書物のデジタル化によって情報の永久保存が理想とされているが、今CD-ROMから情報を引き出せる人はいる?という疑問が投げかけられており、自分は人生で1番と言っていいくらいハッとさせられた。
どのような技術、媒体も「錆びる」ことを正しく捉えないと情報保存・管理には立ち向かえないことを痛感した。
マニュエル・リマ 『THE BOOK OF TREES 系藤樹大全 知の世界を可視化するインフォグラフィックス』
とにかく美しい本なので出版史に興味がある人も情報マネジメントやデザインなどに興味がある人も一度見てみて欲しい。
インフォグラフィックスの歴史は、元を辿ると家系図とか聖人の図像とかに行き着く。
とどのつまり「情報をいかに分かりやすく整理整頓して見せるか」「情報によっていかに人を動かすか」がテーマなのだ。
ただ、ピュアに美しい本を眺めていたいという方も楽しめるたっぷりビジュアルを含んでおり、少々高価とは言えおすすめだ。
書いてたら読みたくなってきたから後でもっかい読みに行こう。
以下もおすすめ。
ピーター・メンデルサンド 『本を読むときに何が起きているのか』
中級編の『プルーストとイカ』にも通じる、「本を読むと何が起こる?」を様々な角度から論じてくれる本。
だんだん「あれ…私ってどう本を読んでたんだっけ…本当に読めてたんだっけ…」と気持ちのよい脳内バグを感じることができる。
デザイン、哲学、意味論などに興味のある人も楽しめると思う。
同じようにバグを感じることができる入門的1冊として、マクルーハンの『メディアはマッサージである』もおすすめしたい。
今福龍太 『身体としての書物』
「書物は身体性を帯びている」というと何のことやらという人も多いだろう。
よく考えると書物は紙から生まれており、紙は木から生まれた自然由来のものだ。ゆえに壊れやすく、傷つきやすい。
昔話には本を食べる、取り込むという空想(ファンタジー)も頻出する。
それはなぜなのか?を東京外国語大学教授・今福教授と一緒に思考していく、学問の螺旋階段を行ったり来たりするような本だ。
非常に読みやすく、かつ考えさせられるため初級編とした。
服部桂 『マクルーハンはメッセージ メディアとテクノロジーの未来はどこへ向かうのか?』
1960年代に話題となったマクルーハンという学者は、「メディアはメッセージである」という言葉に代表されるように、問いを生む言葉を投げかけるのが巧みな人だと思う。
(ちなみに、1つ前で紹介した『メディアはマッサージである』はこのもじりだが、ある意味であってる。媒体はそれ自体が刺激だから)
その宗教的格言にも近い言葉を、テクノロジーが次々生まれる21世紀に置き換えると?が分かりやすく述べられている。
エリク・ド グロリエ 『書物の歴史』
自分が生まれた年に出版されているので内容は少々古いが、入門書としては非常に有効だ。
いわゆる「書物」以前の文字の歴史から遡り、印刷術から現代のマイクロフィルムまでの歴史をコンパクトにまとめている。
ポケットに忍ばせてカフェでのんびりと読みたい一品だ。
内田洋子 『モンテレッジョ 小さな村の旅する本屋の物語』
少し好みは分かれるかもしれないが、出版史の門戸を開きたいという意思で入門編に配置した。
2018年に出版された1冊で、イタリアにある小さな村・モンテレッジョが本の流通でどのように栄えたかを追うドキュメンタリーノン・フィクション。
アカデミックな観点からすると主観的コメントが強く感じられるが、それもまた良い。
動機なんてどうせどれもが主観的だし、作者の本に対する愛が溢れているから。
中級編
クラウディア・ブリンカー・フォン・デア・ハイデ 『写本の文化誌 ヨーロッパ中世の文学とメディア』
2017年と比較的最近出版された写本にまつわる超具体本。
写本に使われた素材や製作プロセスについて分かりやすく書かれており、自分の大学時代に欲しかった…と何度も地団駄を踏んだ。
アンティーク文房具にフェティッシュな方も楽しめるのでは?と最近考えている。
メアリアン・ウルフ 『プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?』
2018年に紹介されて心理学や脳科学にプチハマりするきっかけになった1冊。
人がどのように読み方を学ぶのか、読書がどのように脳を変えていくのか、真正面から論じた本である。
教育、心理学、脳科学、言語学に興味のある人もぜひ読んで欲しい。
清水徹 『書物について その形而下学と形而上学』
今回のおすすめリストはどれも唯一無二だが、この本は「理想の書物とは何か」を語っている点において何にもましてユニークだ。
書物の定義は何か、マラルメ、ユゴーらが語る理想の書物とは。
何度読み直しても新たな発見があり、書物というものの奥深さを感じさせる。
アルベルト・マンゲル 『図書館 愛書家の楽園』
愛書家にはおなじみ、アルゼンチン出身のアルベルト・マンゲル。(個人的にはアルベルト・マングェルという表記の方が好きだった)
ボルヘスとも知り合いの彼が、図書館の歴史をたぐりながらエピソードを紹介していくのだが、いつの間にぐいぐい引き込まれてしまう。
同じく『読書の歴史 あるいは読者の歴史』『読書礼賛』もおすすめだ。(タイトルだけで愛書家であることが伝わってきて微笑ましい)
マリオ・インフェリーゼ 『禁書 グーテンベルクから百科全書まで』
ヴェネツィア大学教授マリオ・インフェリーゼ先生の『I libri proibiti』の日本語訳である。
大学時代はイタリア語訳しかなく、辞書を引き引き読んだのが本当に懐かしい。
中世出版史を語る上で、検閲や焚書坑儒を代表とする政治と表現の対立は切っても切り離せない。
出版が差し止めになったり、国を追われたり、広場で書物のごとく火あぶりにされたり…基本的生活もあったものではなかった。
出版側も偽名や匿名を導入する、出版地とタイミングを変える、書き手も古代ローマ・ギリシャの言論を引用して対立を回避するなど、実に様々な工夫を凝らした。
政治や表現の自由に興味のある方にもおすすめの1冊だ。
ちなみに、イタリア語版はこちら。
三中信宏 『思考の体系学 分類と系統から見たダイアグラム論』
2017年出版なのですが、もっと早く読みたかった…。
入門編で紹介したマニュエル・リマの話をより学問的にまとめている1冊。
数式は自分には難しいので読み飛ばしましたが、情報を分類する・整理することの深みを見ることができる。
よりビジュアライズされた図像が見たいという方は、以下著作がおすすめだ。
上級編
E.L アイゼンステイン 『印刷革命』
メディア、コミュニケーションの変遷の歴史に一石を投じた、出版史のバイブル的な本。
印刷が音読から黙読への移行を促し、情報の伝達、交換、摂取の一連の流れを変容させたということが分かりやすく書かれている。
科学、経験主義的な価値観への影響についても触れられている本はやや珍しい。
アン・ブレア『情報爆発 初期近代ヨーロッパの情報管理術』
「情報を伝達する」「文書を管理する」ために必要な概念、工夫が写本時代が存在することを強く感じられる1冊。
文章の検索性を高めたり、有効な読書法を様々な角度から検証したり、古典に情報を付加して議論を発展させたり…
昨今インターネットやSNSにより情報量が爆増していると言われますが、歴史的に何度かそのタイミングは存在しており、その度に概念や工夫をプロダクトや技術に反映させる工夫がされてきたことがわかる。
Lodovica Braida 『Stampa e cultura in Europa tra XV e XVI secolo』
イタリア語書籍のため上級編に置きました。(笑)
和訳が出てくれれば…むしろ自分が和訳したい…というくらいの神本。
ヨーロッパ地域史の具体的な書籍の流通状況が外観できるだけでなく、日本語書籍ではなかなか語られない書誌学、出版の分業体制、検閲などについても触れられており、大学時代何百回も読み直した。
以上、自分が教典としている書籍15冊だった。
今回泣く泣くリストから削除した本は、いつか紹介することにする。