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キャバ嬢あるある
「みゆきちゃん久しぶり」から始まるLINEを受信し、はて?みゆきとはと少し戸惑い、そもそも送り主の名前にも心当たりがなく数秒思案し、それ以前のやりとりを読み直すなどしたのちに、みゆきは私で、送り主が半年ほど在籍したひばりヶ丘のキャバクラにいた女の子であることが判明した。
そもそもどうして私がひばりヶ丘のキャバクラにいたのかというと、離婚と引越しと失業がぴったり重なり、貯金なんてもちろんしていない上、スカウトマンに「日給4h/5万円以下のお店では働く気がないし、送迎と残業手当も付けて」と無理難題なお願いをして、もちろん困り顔をされ、在籍が決まらず、仕方なく面接を受けてみたのがその頃暮らしていた部屋から最寄りのひばりヶ丘の安キャバで、正直全然働きたくなったけれど「全額日払い」の一声で渋々在籍を決めてしまったからである。
入り口が自動ドアで、安普請な上某牛丼チェーンの入ったビルの横にあって、いつもホカホカのいい香りがしたし、ロッカールームは狭くて汚いし、店内BGMはうるさいし、何もいいところがなかったけれど日給が全額日払いだったのでそれだけはすごくありがたかった。
店内には2台の壁掛け液晶テレビがあって、店長の趣味なのか『Best Hit! 2013』などが再生されていて、それが12月になるとクリスマスソングのMV集になっていた。数十分おきにリピートされるジョン・レノンの『Happy Christmashris』にあわせ、地雷で脚を失った子どもたちを映したMVに、こういうのってこういう場にふさわしいのだろうか?と問答したりどうでも良くなったりしながら、毎夜をやり過ごした。
全額日払いで日給を頂けるとはいえ、それだけではもちろん足らないので、若い頃に買ったものを質屋に売りに行った。1番高く売れたのはシャネルのマトラッセ。キャビアスキンのW30で、45万円で売れた。それを買った当時、ATMで1日に引き出せる限度額が50万円なのを知らなくて、隣に居合わせたホステスに30万円借りて、どうにかこうにか手に入れた品物だった。
それとは別に、馬鹿みたいにたくさん持っているルブタンのうち、状態がマシなものを何足か揃えて質屋に持っていった。こちらは買取不可だった。古着屋かメルカリにでも出品したら?と助言されたのだけれど、売るのはやめて手元に置いている。
その後、ひばりヶ丘のキャバクラは退店してしまい、別のお店に在籍が決まった。『マミ』と名乗るその女の子は、まだひばりヶ丘のお店にいるのだろうか。「いつかお茶しましょう」とだけ返信した。名前も顔面もアップデートが激しく、送り主の特定に少し時間を要するのと、「いつかお茶しましょう」のいつかは恐らく一生来ないのはキャバ嬢あるあるで、それは名前さえその存在を確かにできない彼女たちの儚さや曖昧さを象徴するような出来事だった。
買い手の付かなかったルブタンは、キャバ嬢真っ只中にあった20代の、当時どこの誰を名乗っていたのかはあまり覚えていないけれど、確かにこの私が、成功の証として毎月せっせと購入し、箪笥の肥やしにしていたもので、今となっては唯一私がそこにいたことを明らかにする物証だ。つまらない見栄だけが取り柄だなんて悲しいけれど、私は確かにそこにいた。成功はたいしてしていないし、このザマだけれど確かに足掻いていたし、足掻いている。
成し得たことと、成し得なかったことを比べたら得なかったことが圧倒的に多かった1年だったけれど、まずは生きて年を越せた。マミも私もよく頑張った!覚えてないけど。
終わり