【小説】魔女の告解室vol,7
前回までのあらすじ
魔女と人が共に暮らす街。「人に魔法を使ってはならない」という規則を守り魔女は正体を隠していた。
愛するの男の妻を処刑に追い込んだ、最年少の魔女エレナは、長老に呼び出される。
エレナの犯した罪はそのままに長老は彼女に後継者となるよう言残しこの世を去ってしまう。
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第二部 後継者**
第一章 喪服の魔女
町の善良な人が寝息をたてるころ、教会は女達で埋め尽くされていた。
10個ほどの長椅子に座り切れず、周りを囲む者たちは肩が触れ合うほどであった。
瑞々しさがあふれんばかりの若い乙女から、腰が弓のように大きく婉曲した老婆までと年代は様々である。
カラフルな硝子のはめ込まれたステンドグラスより漏れる月光によって、彼女たちの姿は青白く浮かび上がっていた。
彼女たちは皆魔女である。
「みなさま今日はご足労いただき誠にありがとうございます。まだ全員が揃っておりませんので今しばらくお待ちください」
祭壇の端、黒のドレスを着こなした女性がよくとおる声で告げる。女性は長老の世話人をしていた魔女だった。
彼女はそのまま祭壇を降りると、真っ直ぐに末席に座るエレナのもとへ歩いてきた。
「準備はできていますか?」
「ええ……」
「結構です。長老が亡くなった今、何が起こるか皆目見当もつきません。長老の遺言書は私が読み上げますが、実際に最期を看取ったあなたの言葉の一言一句は大変重要なものなのだと今一度認識してください」
「わかっているわスピラ。私はあるがままを伝えるつもりよ。でもね、長老の言ってた《連中》とは何なの?そしてなぜ、私なんかに長老の立場を引き継がせようとしたの?私にはすべてが恐ろしいわ……」
「あら、震えていらっしゃるの?心配には及びませんよ。あなたにその意志と力がなければ容赦なくあなたは消されるでしょう。長老を慕っていた者たちも、疎ましく思っていた者たちも、次の指導者を見極めようとしています。エレナ。あなたが選ぶことではない、皆が選ぶことなのです」
黒いドレスを翻して祭壇へ戻っていくスピラをエレナはにらみつけていた。長老が亡くなってから今日までの三日間をエレナはその背中に思い出していた。
✒ ✒ ✒
「長老様は逝かれましたか」
目の前で長老の体が、無数の蝶のようにはじけて消えたのを呆然と眺めていたエレナに話しかけてきたのが世話人のスピラだった。
「私……いま長老が……」
「わかっています。すぐに図書館を閉めるので手を貸してください」
部屋を出ると図書館は既に蠟燭で明かりを取っていた。カーテンを閉め、入り口の木の扉に鍵をかける。スピラにほうきを渡され、床の掃除をする。カウンターに積まれていた本を棚に戻し、テーブルを濡れた布巾でふく。ランプに油を足し、蠟燭を新しいものに取り替えると仕事は終わった。
「では、こちらへ」
「あの、あなたはなぜ長老様が亡くなられたのに平然としていられるのですか?」
「スピラです。私は物心着いた時から長老様のお手伝いをしてきました。そして、彼女がいつかこのようになることを予め伝えられていました。彼女がなくなった今。私にはやらねばならないことがたくさんあるのです」
これ以上の質問をはねつけるような機械的な口調に、エレナは気圧され口をつぐんだ。
そんな彼女を尻目にスピラは長老の本棚から2冊の本を取り出した。
スピラの手招くような動作で二冊は宙に浮き、エレナの前のテーブルに並べられた。墓石のように分厚い本だった。
「右が『魔女名簿』左が『魔法行使歴』です。『魔女名簿』は今昔の全ての魔女の血脈が示されています。名前の下に続くのは出生日・出生地・家系譜です。『魔法行使歴』には魔女たちによって使用された魔法を100年単位で記録しておくものです。例えば、今私が本を浮かせてあなたの前に置きました。するとその魔法が新しい頁に自動記入される仕組みです。ちょうど、記入が始まりました」
白紙だった頁の左上から、魔法の使用者、日時、場所、用途まで克明に記されてゆく。
スピラが使った魔法の記入が終わると、すぐに別の記入が始まった。
「あなたは長老様から後継者としての指名を受けました。長老の仕事とは、つまり魔女たちを導き守ること。具体的に言えば、長老だけに閲覧が許可されたこの二冊を用いて、魔女の世界の秩序を保ちます。それがあなたが長老から託された仕事です」
エレナは息を呑んでいた。
使った魔法のすべてがここに記されるのだとしたら、魔女たちの生活は筒抜けになっているようなものだった。
数日前、彼女が人間を罠にはめて処刑させた際、魔法を使っていたとしたら、彼女は魔女裁判によって処刑されていただろう。
「私は後継者を守りその仕事の達成を支えるよう、長老様から命じられています。しかし、あなたはまだ正式な後継者ではありません。これより後、私は長老代理として、魔女集会を開催します。その集会において私は長老の死に対する説明を行います。そこで、あなたが正当な後継者であることが認められれば、あなたが長老となります」
スピラの鋭い眼光にたじろぎながらもエレナは口を開いた。
「私は長老様の意思を尊重したいと考えています。しかし……」
「しかし?」
……私は人殺しだ。
「いいえ、今はスピナ。あなたに従うまでです」
「私に従うのではありません。私を従えるのです。あなたとの関係がこれから長く続くのか、はたまた数日間で解消されるのかはまだ解りませんが」
終止無表情だったスピラの口元が少しだけ緩んだような気がして、エレナは寒気に襲われた。ついさっき耳にした「魔女は人間という種を絶やしにかかる」という長老の言葉を思い出した。
この魔女はどちら側なのだろうか?
「今日の記憶をよくよく整理しておいてください。魔女集会でのあなたの発言を他の魔女、特に長老を取り巻いていた5人の魔女がどう判断するかに関わってきます。この先のことはまだ誰にも分かりません。ですが、私はあなたを後継者としてお育てしていくつもりです」
✒ ✒ ✒ ✒
「それでは全員が集まりましたので、始めさせていただきます」
最後に教会の扉に入ってきた魔女が魔長椅子に腰を下ろすとスピラが、宣言をした。だが会場の魔女たちはその魔女から目を離せずにいた。
漆黒の首元まで襟の詰まったドレスに、黒い皮の帽子からは透かしのネットが唇の上まで垂れており、目元は隠されている。黒の手袋をはめているせいで、真っ白な顔半分の熟した林檎のような唇が異様に目立っていた。
「三日前、長老様が亡くなられました」
魔女達に動揺が走った。短い悲鳴の後、泣き出す者もいた。今日初めて長老の死を知らされた魔女達だ。対照的に上席に座す魔女たちは不自然なほど落ち着き払っていた。
「死因は老衰であったと思われます。死期を掴んでいた長老は忌の際にご自身の後継者となる魔女を選び、私にその魔女を支えるよう命じました。しかし、後継者の決定に関してはこの場にいる魔女の総意を確認する必要があります。従って長老より任を受けた魔女が後継者にふさわしいかどうか皆様に決めていただきたいと思います」
スピラが言い終わる前に上席の魔女の一人、最後の入場者が口を挟んだ。
「スピラさん。後継者だなんだという前に私たちにはしなければならないことがあるはずですよ?長老様の死を悼みお祈りをささげる時間くらいあってもよろしいんではなくて?」
彼女の一言に魔女たちは口々に「そうよ」と嘆いた。
「失礼しましたリコリス様。おっしゃる通りです……。皆様、私たち魔女の母に祈りをささげてください」
燭台に火がともされ、魔女たちは手に緑の炎を浮かべた。それらは魔女たちの手から浮かび上がり教会の天井へ向かう。やがて、真昼の森林を思わせるほどの明るい光に包まれると、緑はちぎれた雲のように霧散して空気へと消えていった。
教会の静けさがピークに達すると、再びスピラが告げる。
「では後継者を皆様に紹介しましょう」
末席より深紅のドレスをまとったエレナが人の波を押し分けて祭壇の前へと向かった。魔女たちは皆この最年少の魔女に視線を注いでいた。
「長老より任を受けた、最年少の魔女エレナ・セントフィーリアです」
スピラが話すと教会内は喧騒で手が付けられないありさまになっていった。「こんな若い魔女が?」「姉様たちを差し置いてなんということなの」「まだ赤子も同然だわ」そんな騒ぎの中で、一人微笑を浮かべる喪服の魔女‥‥
リコリスをエレナは見つめていた
(続く)
2020年6月27日 『魔女の告解室』 taiti
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