【小説】魔女の告解室vol.2
前回のあらすじ
魔女と人が共に暮らす街。魔法の存在を隠すため、魔女達はいくつもの戒律を作り人と共存していた。
ある日街の女が不貞を犯し、死刑となる。魔女たちは、とうてい不貞など働きそうにない女と不自然な状況に、魔女の仕業を疑い召集をかけた。しかし、証拠がなく犯人を突き止めることが出来なかった。
その後、街で一番若い魔女エレナが、自分が魔法を使うことなく女を罠に嵌めたことを神に告解したのだった。
第二章 水晶とフクロウ
「魔女は魔法を人に対して行使してはいけない。その禁を破りしもの、魔女裁判にかけられ、火あぶりの刑に処される」
何度も読み込んだ『魔女の戒律』を本棚に戻すと、本にそっと触れる。すると、背表紙の文字が書き換えられ、『古代の歴史』という題目にすり替わる。
人間の書に書かれている史実と異なるのは、魔女を人間が裁くのではなく、魔女が魔女を裁くのが魔女裁判であるということだ。
魔術は人の目には映らない。魔法を人は感じ取ることができない。人はそれらを奇跡或いは災厄と呼び忌恐れてきた。
それが明るみにでるのは、人の手ではなく魔女の手だということ。だから、魔女は自身の魔法を厳しく制限した。同胞に殺されることを恐れたからだ。
✒️ ✒️ ✒️
エレナは顔を洗い、涙で腫れたまぶたと、クマを魔法で消すと、食事へ向かった。
「おはようございます。お父様、お母さま、兄様方」
「おはようエレナ。今日もまた一段と美しい」
「まぁお父様ったら。朝から何をおっしゃいますの」
4メートルにも及ぶ長方形のテーブルの上には、ローストチキン、オレンジ、バターで和えたほうれん草や、グリーピースのサラダが並ぶ。エレナが席につくと、クロワッサンに食パン。トマトを煮込んだスープが運ばれてくる。
「久しぶりの裁判は老体に応える。せめて孫の顔を見てから逝きたいものだ」
「孫ならもういるじゃないか。上の兄様を忘れてしまったのかい?」
隣に座る次男が驚いた顔で父を見つめる。
「そこまで耄碌しておらんとも。エレナの子供のことだ。まったく街には娘に似つかわしい男などおらんのが尺に触るわい」
「お父様。私まだ18ですのよ?お母様だって、お父様と結婚なされたのは21の頃でしたよね?」
「18なら適齢期ですよ、エレナ。街にいないのなら、都からお呼びするしかありませんね」
平然と嘘をつく母親を少し睨む。母が父様と結婚したのは81歳の頃だ。かくいうエレナもすでに72歳になっていた。魔女は人間の見た目から4倍の計算でちょうどなのだと、本に書いてあるのをエレナは思い出した。
「ご馳走様でした。教会へ行ってまいります。父様の健康をお祈りしてきますね」
「気をつけてなエレナ。昨日あんなことがあったばかりなのだから。くれぐれも用心なさい」
何も知らないというのは幸福なことだ。家を後にしながらエレナは考えた。
「私のしたことは間違っていない。魔女の禁忌には触れていないのだから。けれど今は彼が心配だわ。まだあの女のことを憂いていたら、私はどうすればいいのか分からないもの」
エレナが教会に足繁く通うのは、神へ祈りを捧げるためではなかった。教会で早々と祈りを済ませると森へ向かった。静かに流れていく河で、いつもフーケが釣りをしているからだった。魚が彼の針にかかるよう、釣竿に魔法をかける。それが彼女の日課だった。
河へ降りていくと、フーケが釣りをしていた。エレナは嬉しくてなって対岸の木の影に身を隠した。そこで、フーケの悲痛な叫びを聞いた。
「神様。私にはどうしてもわからないのです。妻は不貞を働くような人間ではありません。些細なことで、言い合いになったり、喧嘩したりすることもありました。ですが、私たちは愛し合っていた。稼ぎの少ない私に愛想を尽かさず、共に暮らしてくれていたのです。それが、何故こんなことに」
十字架を握りしめる手は、涙で濡れていた。もう針に魚が引っかかっているというのに、いつまでも釣り上げようとしない。
「ごめんなさい、フーケ。でもあなたの愛した人は、あなたに相応しくなかった。あなたの愚痴を平気で友人に漏らすような女だったのですよ?あの女はあなたの気持ちを裏切ったのですよ?」
エレナもまた目に涙を浮かべて、その様子を眺めていた。エレナは街の娘に扮してフーケの妻と友人関係になった。そのエレナに彼女は夫の愚痴をよく漏らしていた。稼ぎの少ないのに、穏やかでいること。馬鹿にされても言い返さないこと。こんな暮らしをずっと続けるなんて身震いがする。エレナがフーケを深く愛しているとは知らずに、そんなことを口走っていた。
「この街に以前滞在なさった貴族の方が、あなたをたいそうお気に召していたのよ。あなたが良ければ会わせてあげる」
まんまと騙された彼の妻は、ならず者と引き合わされてそのまま淫行に及んだ。実際にはエレナが巧妙に仕掛けた罠だったのだ。ならず者に服と手紙を与え、彼女に引き合わせると。貴族のふりをさせて、彼女と交わらせた。
「今夜ここに女がお前を求めてやってくる。この服に袖を通し、私がお前の身を引き取ってやる。そう言えば間違いなく女と交われるだろう」
エレナは直接人に魔法を使うことなく、この策を成功させた。一方では、匿名で街の警官に「常習的に不貞が行われている。夜の12時に教会へ行けばそれが分かるだろう」という手紙まで送りつけていた。
かくして、フーケの妻はならず者と共に死罪を言い渡され、はりつけに処された。この街では、確実な罪だとされる場合、被告は一切の発言を禁じられる。追い込まれた罪人が何を言い出すか分からなかったからだ。エレナのことが明るみにでることはなかった。魔法はいっさい使われなかったため、魔法行使の履歴にはかからず、魔女連中も、明らかに仕組まれたものと分かりながら、何もすることが出来なかった。
「あの人、結局一匹も釣り上げずに帰って行ってしまったわ。このままではやつれてしまう。私がどうにかしないと。」
赤い実をつけた木に触れ、木の身をカゴ一杯に集めると。エレナはフーケの家へと向かった。途中で思いついたように、手紙を添えた。
「元気を出してください。あなたに相応しい人は必ず現れます。どうかその日まで不幸に押し潰されることのないよう懸命に生きてください」
そのカゴと差出人不明の手紙を見つけたフーケは仰天して、送り主を探しまわった。街中の人々に聞いて回ったが、だれも心あたりがなかった。
彼は暗くなってから家に帰り、木の実を少しだけもって、亡くなった妻の墓へと訪れた。
「こんな私にも、救いの手を差し伸べてくれる人がいらっしゃるようだ。いや、神様の思し召しなのかもしれない。」
十字架を片手に祈りを捧げるフーケを見ている者が二人いた。一人は水晶を通してエレナが、もう一人はフクロウの目を通して長老が。
宵闇の中、フーケが一人寂しく寝息を立てるまで、二人の監視は続いた。
(続く)
2020年6月20日 『魔女の告解室』 taiti
この記事が参加している募集
貴重な時間をいただきありがとうございます。コメントが何よりの励みになります。いただいた時間に恥じぬよう、文章を綴っていきたいと思います。