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北村薫著「鷺と雪」を読んで
昭和初期の上流階級を描くベッキーさんシリーズ最終巻。本作は第141回直木賞を受賞している。
「街の灯」「玻璃の天」同様、こちらにも3篇が収録されている。
銀座、浅草、日本橋、上野の当時の様子に加え、英子の修学旅行も描かれているのが面白い。
まだ新幹線もない時代である。
卒業を控える英子たちの進路、上流階級と庶民の格差、聞こえ始めた不穏な時代の足音。
シリーズの最初から最後まで約3年半。少女時代のその年月の重みを感じながら、ベッキーさんとの出会いによって、英子の視野が広がっているのがわかる。
「ベッキーさんシリーズ」と呼ばれながらも主役は英子。これは戦前のほんの数年、関東大震災から復興した美しい帝都を見て育った英子の成長の物語でもあるのだと改めて感じる。
山村暮鳥の詩、ブッポウソウの鳴き声、ドッペルゲンガー、能の『鷺』、各章に散りばめられた話が、結末へとつながっていく。
最後の1行を読み終えて、ふと英子の自宅が麹町であると、どこかに出てきたのを思い出した。
あの日自宅から一歩出れば、雪の中、張り詰めた空気が街を支配しているのだろうか。
教科書や資料には記されていない、あり得たかもしれない歴史の1ページを覗いた気になった。
北村薫氏はインタビューで登場人物たちの戦後について書かないと述べている。
これから約5年後、日本は日米開戦を迎える。
その後の歴史的事実はご存知の通り。
その頃英子は、ベッキーさんは、他の登場人物たちは、何をしているのだろう?どんな風に終戦を迎えるのだろうか?
余韻に浸るどころか、読み終えてからもずっとっとそんなことを考えられるのは、何て豊かな読書体験だろうか。
そして1作目からもう一度読み直そう、あの有名な建物は確か最初の方に…と思うのであった。