産経新聞が婉曲話法で自衛隊のホルムズ海峡派遣はないことを報じた件
▼産経新聞は、イランとアメリカをめぐる、自衛隊のホルムズ海峡派遣問題について、とても冷静な記事を掲載した。以下、2000字を超えてしまったが、あんまり暑すぎて、分割するのが面倒なので、そのまま。興味のある人は読んでください。
▼2019年7月28日付の産経新聞1面トップに、印象的な見出しが載った。
〈ホルムズ緊迫 日本企業困った〉
〈原油代替は限界/保険料10倍/コース変え燃費悪化〉
〈政府へ穏健対応期待〉
といった見出しだ。
以下はリード文。適宜改行。
〈米国は日本に、イラン沖ホルムズ海峡などでのタンカー護衛に向けた有志連合への参加を要請した。日本は、輸入原油の約8割が同海峡を通過する「当事者」だ。同海峡付近で日本の海運会社が運航するタンカーが攻撃されて約1カ月半となるが、原油調達などに関わる国内企業は、安全対策のコストが上昇し苦慮している。ただ、調達先の代替は難しい。
企業側は、イランへの挑発とならないような慎重な姿勢と外交努力を政府に期待している。〉
▼産経新聞の記事とは思えない意外な論調だった。同紙は2019年7月13日付の「主張」で、〈有志連合への参加 国益重んじ旗幟を鮮明に〉と見出しを立てて、次のように主張していた。
〈トランプ米政権が、中東のホルムズ海峡などでの民間船舶の航行の安全を確保するため、多国籍の有志連合を結成して海上警備・護衛活動を行う方針を打ち出した。2週間程度で参加国を見極めて、任務分担など具体的話し合いに入る。/核問題をめぐるイラン情勢の緊迫化が背景にある。イランに面したホルムズ海峡は日本向け原油の8割強、液化天然ガス(LNG)の2割以上が通過する。日本経済と国民生活にとって生命線そのものだ。
(中略)
安倍晋三首相は国家安全保障会議(NSC)を開き、国益を踏まえ、同盟国米国の提案に賛意を示してもらいたい。
(中略)
自衛隊の派遣を通じて日本が応分の負担をするのは当たり前だ。
(中略)
同法(安保関連法、引用者注)や自衛隊法などを活用して、有志連合参加を実現してもらいたい。〉
▼これらの「主張」記事と、〈企業側は、イランへの挑発とならないような慎重な姿勢と外交努力を政府に期待している。〉という7月28日付の記事とを読み比べると、まったく雰囲気が異なっていることがわかる。
7月28日付では、いわば、企業が苦慮している現状を通して、自衛隊のホルムズ海峡派遣は無理筋だ、という理解を読者に促すような記事構成をとっている、といえる。
▼次に、本文記事のなかから、印象的な箇所を抜き書きしておく。
〈国内の海運会社約130社が加盟する業界団体、日本船主協会の内藤忠顕会長(日本郵船会長)は、「政府に対し(米国が結成を目指す)有志連合へ、広い意味での協力をお願いすることも検討したい」という。
「広い意味での協力」が何を指すのか明言は避けるものの、自衛隊の派遣などではなく、財政的支援といった内容にとどめるべきだ、との思いのようだ。〉
▼ここには日本語の妙味(みょうみ)が配合されていて、興味深い。「広い意味での協力」という言葉には、「頼むから自衛隊の派遣なんかしてくれるなよ」という意味が含まれているわけだ。
〈経済界も、エネルギー安定供給の観点から、中東諸国との摩擦回避を重視。有志連合との関与のあり方については、「対イラン包囲網」に加わったと受け取られないよう注意を払うべきだとの声も根強い。
経済同友会の桜田謙悟代表幹事は22日、「日本がいることで、突発的な事態が起きない。そんなパワーになってほしい」と語り、日本政府の独自外交に期待を寄せた。〉
▼政府の独自外交。繰り返すが、2週間前に〈自衛隊の派遣を通じて日本が応分の負担をするのは当たり前だ。〉と書いていた新聞の記事とは思えない。
▼政権に極めて近い距離に立っている新聞が書いた記事を読むと、「政権が次にどう動くか」の見当がつく場合がある。7月28日付の1面トップは、まさにその好例で、とてもわかりやすいメッセージだった。
▼また、この日、同じ1面の肩に載った、外交評論家・岡本行夫氏による〈自国の船は自分で守れ〉という記事との「バランス」も興味深かった。
トップ記事とセカンド記事で、まったく異なる意見が併記されているわけだ。面白い。
▼さて、案の定(じょう)、産経が上記のように〈イランへの挑発とならないような慎重な姿勢と外交努力を政府に期待している〉という声を報道してから1週間も経たない、2019年8月2日付毎日新聞の1面トップに、次のような記事が載った。
〈ホルムズ海峡に艦船派遣せず/政府方針 海峡緊迫化避け/有志連合〉
〈政府は、米国が参加を呼びかける中東ホルムズ海峡などの航行の安全確保に向けた「有志連合構想」に関し、同海峡への自衛隊艦船の派遣を見送る。複数の政府関係者が明らかにした。米国と対立するイランとの伝統的な友好関係維持も念頭に、他の手法で、安全確保に向けた協力を慎重に検討する。〉
産経新聞が書いたとおりの展開になった。政府はとても賢明な判断をしたと思う。
そもそも、2019年6月13日に安倍晋三総理大臣がイランの最高指導者ハメネイ師と会ったばかりなのに、それから2カ月も経たないうちに、つまり舌の根も乾かぬうちに、アメリカの「有志連合」に加わったら、日本は国際社会にとんだ恥をさらすところだと筆者は思うのだが、この感覚は、国際政治の常識とはかけ離れているのだろうか。
西側諸国の政治指導者のなかで、ハメネイ師と会えるのは安倍総理だけなのだから、それを生かさない手はない。
おそらく産経の「主張」記者は、もっと高度で難解な政治的判断にもとづいて〈自衛隊の派遣を通じて日本が応分の負担をするのは当たり前だ。〉と書いたのだろう。
(2019年8月3日)
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