人生の区切りの人間関係の断ち方〜中学時代の部活の場合〜
私の場合は卒業や退職を機にそれまで築いてきた関係を終わらせて、新しい人間関係を築いてきた。
幼稚園や小学校の場合は次の場所で過ごしたいたクラスメイトがいたとしても数少なく、それまでの関係であるというスタンスで考えていた。
特に、中高と #吹奏楽 部に在籍していたものの、両親の都合で退部せざるを得なくなり、
音楽という大切な居場所を失われてしまったという失望の余り、一緒にやってきた仲間と会っても顔を合わせられないという思いから後輩達から挨拶をされることが多く、しない訳にもいかなかった。
芸能界をすでに引退した #森恵 さんが街中で過去に芸能人をやられていたことに関して声をかけられても避けていたこと見兼ねた実の息子さんに、
芸能界を辞めてもそうしていただけることに感謝しなきゃダメだという忠告から、不本意で退部しても、残った仲間が私を気にかけてからでいるというのと同然であるということに気付いた。
中学を卒業する前の送別会にも招待されたことも同然であり、
#毒親 の命令に従って退部した私が #TBS ラジオの #こども音楽コンクール の地区予選に出て引退するという意思があったものの、そのような状況になってしまったから嘘をついたことになったという自責をした。
というのは、
中学に入学した時に初めて出来た友人グループ同士で遊びに約束をして、実母の制止によっていけなくなったことから、相手の「嘘をついたことになる」と言われて、疎外や #いじめ 被害受けたことを思い出した為に、申し訳ない気分になったからだった。
当時の顧問は、
私の酷い家庭環境を目撃した部員が知っているから嘘をついたことにならない
と言ってくれた。
家庭から離れた本当の私は、
他の部員から見ても、要職につかなくても影響力がある存在だったと評され、学年中の嫌われ者呼ばわりされたことより大きかった。
高校進学後の部活は吹奏楽以外の途中退部可能な部活に入部することも検討していたが、
実際は殆どなく、吹奏楽部に再入部する他はなかったが、私を追従する形で入学・入部した人がいたことから、毒親と対立していて苦しんでいても当時の部活になくてはならない存在の有難さに感謝している。
只今失業中で高齢家族に合わせた生活を強いられており、取材する時間と費用がない状態で2時間という短時間で執筆しなければならない厳しい状況です。 主たるジャンルはいじめ、ハラスメント等の労働・社会問題を過去の回想を基にして執筆しております。