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暗いキッチン、暗い居間、あつあつ雑炊
夕飯がパスタだったから、お腹空いたなあ、と母が布団に潜りながら、ぼやいていた。
私もなんとなく感じた空腹を、いつもなら無視して眠っているところだった。
今から鍋をガチャガチャやる煩わしさ。夕飯の後に夜食なんか普通食べないし、片付けもしなきゃだし。さっきお風呂で歯磨いちゃったし。髪の毛がまだビチョビチョだし。
食べない理由がぽんぽん浮かんだところで、今年は「いつもしないこと」をするんだった、と思い出した。
ささやかな目標として、普段やらないことをやってみようとしている。人生は思い出作りで、ネタ作りだって最近気付いたから。
家でいちばん小さい鍋を取り出して、冷蔵庫からタッパーに入った冷やごはんも取り出して、全部ぶち込む。水道から直に水を注ぎ、白だしを適当に加えて、とりあえず蓋をして火にかけた。
くつくつ、鍋が動き出すのを待つ。髪は冷たいけど、レッグウォーマーとフリースを装備しているお風呂上がりの体はへっちゃらだった。(今思えば、フリースを着たままの調理は良くなかった。火が燃え移っていたら、思い出作りどころでは済まない。)
だしの良い香りがしてきたところで、蓋を開ける。ぐつぐつ煮えたごはん。この世の幸せ。
白だしだけで、と思っていたけど、やっぱり欲が出て牡蠣醤油も加えてしまった。おいしさをケチる必要なんてない。
前は雑炊の作り方なんか、ちっとも分からなかった。ご飯の量は?水を入れる量は?味付けは?火の強さは?
仕事を逃げるように辞めてから、ずっと家にいた。親の「なんにも言わなさ」に怖くなることもあったけど、ただ料理だけをしていた。毎日毎日、罪滅ぼしみたいにご飯を作った。そのおかげで、夜中に暗いキッチンで、雑炊を炊いている。
今の自分の未来が明るいわけでは決してないし、立派に働く友人たちに合わせる顔がなくて、LINEに震える夜もあるけど、全然無駄な時間ではなかった。多分。わからないけど。
すでに布団に潜る両親に「雑炊食べる人!」と声を掛けると、母がピンと手を挙げた。食べる人が居ると、作った甲斐がある。
台所のオレンジの小さい光だけで、ぼんやり暗い食卓に並んで雑炊を口に運ぶ。
火傷するくらい熱かったけど、おいしいおいしいと食べてくれる母と、途中からやってきて、おいしいと叫んだ姉のおかげで、これがいちばん幸せな思い出になるかもしれない、と思った。
みんながおいしいと盛り上がる中で、父はいぬの添い寝を担当していたので、ひとくちだけ食べてもらって、幸せの共有をしておいた。