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ごっこ遊びの執念
執念を燃やしているのは、次男か、私か。
そういう話である。
プリキュアブームがついに、我が家にもきた。
きっかけは、やきいもさんのプリキュア映画の記事だった。
我が家では、帰宅後から夕飯まで、動画お楽しみタイムを設けている。
兄弟全員で仲良く観られるものもあるけれど、年齢も性別も興味の対象も異なるため、チャンネル争いになることも多い。
兄たちが戦闘ものやゲーム実況を好む中、末っ子はディズニーのプリンセス映画を数回に分けて観たり、幼児向けの優良そうなショートアニメなんかを提案してきたが、ややネタ切れになりつつあった。
そこで、プリキュアである。
なるほどその選択肢があったか、と気づかされた。王道でありながら、男兄弟の文化が中心だったので、すっかり取りこぼしていたのだ。
「プリキュアなんてやだー」
「こんなの誰も見たくないんですけどー」
文句を言う兄たちを大人の実力で黙らせ、とりあえず一話見てみたところ、見事にハマった。
末っ子女子ではなく、次男(5歳)が、である。
末っ子のために取り入れたにもかかわらず、プリキュアはまさかの次男に刺さりまくった。
それからというもの、次男は動画タイムに毎回プリキュアを選択。家でも車でもひたすらオープニング・エンディング主題歌をエンドレスリピートしている。
好きなアニメを楽しんだり、歌を覚えること自体は微笑ましい。しかし厄介なのは、次男の「ごっこ遊びへの執着」だった。
一話目を見た直後から「 “わんだふるぷりきゅあごっこ” しよう!」が、彼の口癖になってしまったのだ。
起床後、夕方帰宅後、そして、夕飯後。
「 “わんだふるぷりきゅあごっこ” しよう! ねぇ! “わんだふるぷりきゅあごっこ” ! いいでしょ? やろうよ! “わんだふるぷりきゅあごっこ” 」
ハマったアニメは数あれど、ここまで執着するのも珍しい。
兄弟たちはみんなごっこ遊びが大好きだ。しかし “わんだふるぷりきゅあごっこ” は、ごっこ遊びとしての難易度が高いようだった。
まず、数話しか観ていないので、全体感がイメージしづらい。登場人物が多すぎて、3人(末っ子はほぼ雰囲気参加のため実質2人)では世界観も成立しづらい。そして、舞台が限定され、自由な言動に制限がかかり、セリフに詰まってしまう。
兄弟たちが戸惑う中、それでも次男は “わんだふるぷりきゅあごっこ” を熱望し続けた。あまりのしつこさに、そのうち長男だけでなく、末っ子まで完全にうんざりされていた。
誰も一緒にやってくれないので、次男の圧はさらにヒートアップする。約束を確実に取り付けるために、カレンダーにしっかり記載して、動かぬ証拠とするほどの執念だった。
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そのうち長男は、次男が “わんだふる” の「わん」を発音しただけで、耳を塞ぐようになった。
誘う際、次男が「 “わんだふるぷりきゅあごっこ” しよう!」と律儀に “わんだふる” をつけるのも、しつこさと圧が増す原因の一つだろう。
「“プリキュアごっこで”いいじゃん」と私が言うと「“わんだふる” をつけないと、どのプリキュアかわからないでしょ?」とのことだった。
なるほど。その思いやり(?)を、ぜひごっこ遊びをしたくない兄弟たちに向けてほしいところだ。
しかし、次男の気持ちも汲みたいのが親心である。見かねた私は、次男にいくつかアドバイスを試みた。
「ねぇ次男、相手を脅して遊んだって、楽しくないよ。みんなが楽しめるように、どんなシーンでごっこ遊びするかまで提案してみたらどう?
みんなでパーティとか、海に遊びに行っているときにガルガル(敵みたいなやつ)が出てくるとか。そうすればイメージが湧いて、セリフもスムーズに出てくるんじゃない?」
「それいいね! じゃあ、みんなで海に遊びにきたってことにしよ!」
乗り気な次男に対して、長男は首を横に振る。
ダメか。
「……じゃあさ、長男がやりたい風船バレーを、プリキュアバージョンでやるのはどう? こむぎやユキ(主人公メンバー)が遊んでるって設定で。そしたら一石二鳥じゃない?」
「それいいね! じゃあ、次男はキュアワンダフルやる! 長男はどれにする?」
乗り気な次男に対して、長男は「普通に風船バレーやりたいんだけど」と抵抗する。
寄り添いも提案も虚しく打ち砕かれ、次男はブチギレ。それに対して長男も「しつけぇんだよ!!」とブチギレ返し、家の中は険悪ムードになってしまった。
おいおい、今期のプリキュアのテーマは「みんな なかよし! わんだふる~!」だぞ。喧嘩をしてどうする。
仕方ない。ここは、母が一肌脱いでやろうじゃないの。
きっと次男は大喜びに違いない。私と次男が楽しくごっこ遊びをしていれば、自然と兄弟たちもその気になるだろう。
さっそく次男に、どの役でもやるから役を振ってほしい旨を伝える。しかし、予想に反して、次男は険しい顔を崩さなかった。
「……カーチャンはだめ。やらなくていい」
なん……だと……?
冗談じゃない。
私のごっこ遊びの実力を、次男は完全にみくびっている。
この家の中で、私以上に “わんだふるぷりきゅあごっこ” をこなせるやつが他にいるだろうか。
自慢じゃないが、ごっこ歴はそれなりにある。
子どもが生まれてからというもの、あらゆるアニメや戦隊ヒーローのごっこ遊びに広く対応してきたし、絵本の読みきかせでも声色にはこだわってきた。私が読む『三枚のおふだ』の山姥が怖すぎて泣いたのを忘れたとは言わせない。
更に言えば、学生時代のバイトバリエーションも豊富だ。常に数種類を掛け持ちして、手広くやってきた。バイトを「ごっこ歴」に入れるかは議論の余地があるが、仕事に応じた顔を持ち、その場に相応しい自分になりきるという意味では、経験値として胸を張れるはずだ。
「なんでよ! やろうよ! カーチャン、むしろやりたい。次男と一緒に、“わんだふるぷりきゅあごっこ” したいよ!」
しかし、私の想いとは裏腹に、何度誘っても次男は乗ってこなかった。
次男のかたくな態度は、むしろ私の情熱に火をつけた。次男も一度私と “わんだふるぷりきゅあごっこ” をやれば、誘ってよかったと思うに決まっている。
見せてやんよ、大人の本気ってやつを!
さっそく私は、自主練を開始した。まずは基本を抑えるところからである。
正直なところ、登場人物の名前をイマイチ把握できていなかった。プリキュアは、日常生活での名前と変身後の名前があってややこしいし、みんな「キュアなんちゃら」みたいな感じで似ているのだ。アラフォーにはなかなかにキツイ。
ここは公式サイトも大いに活用し、メインキャラ4人×変身前後2パターン、合計8個の名前を完璧にマスターした。
細かい設定を取りこぼしていると、ごっこ遊びのクオリティが下がるため、とりまきやストーリーも軽くさらう。
あとは、声色の調整だ。
幼児アニメのキャラの声は、日常の延長で出せるものではない。通常運転のテンションから一気にアクセルを踏まないといけないので、聞かれるとちょっと恥ずかしい。仕事が在宅の日の朝——夫が子どもたちを保育園に連れて行っている10分程度——をフル活用し、誰もいないことを確認した上で練習を重ねた。
変身シーンの「3・2・1(スリー・ツー・ワン)!」の「ワン!」は、犬っぽい感じで。
執事メエメエの「だ〜メェ!絶対だ〜メェ!」の「だ」と「メェ」は高低差をつけて。
特に主役メンバーの一人である犬(こむぎ)役に向いていることもわかったことが大きな収穫だった。
「ハァハァっ!いろは(同じく主役メンバー)っ!ハァっ!一緒にあそぼっ!」
やや変態性を帯びたセリフに聞こえなくもないが、プリキュアの世界観なので安心してほしい。
ときおり元気よく「ハァっ!」と犬の荒い呼吸音を差し込むと、それっぽさが増すのだ。私は特にこの発声が得意で、お姉様キャラ(ユキ)はやや不得意だった。しかし、お姉様キャラは末っ子のお気に入りなので、彼女に譲れば支障はない。
主役級は子どもたちがやりたがるだろうから、あえて脇役も意識的に練習した。できれば声優さんの特徴を掴むために、出演されている他の作品もさらいたいところだったが、そこまでの時間的余裕はなかった。やむを得ない。
ウォームアップは上々だ。
さぁ次男、いつでも来い——!
私は “わんだふるぷりきゅあごっこ” を意識しつつ、食事の準備をしながら主題歌を口ずさんでみたり、さりげなく変身シーンの決め台詞を呟いてみたり、日常生活で積極的にプリキュア勢であることをアピールした。
私が仕掛けるたびに、次男はピクッと反応する。しめしめ。
しかし、中途半端に反応させると “わんだふるぷりきゅあごっこ” の圧が再び兄弟たちに向けられてしまうので、加減が難しい。その圧を私に向けてくれ。この、すっかり仕上がっている私に。
ところが、待てど暮らせど、次男からのオファーがない。待ちきれず、自分から声をかけた。
「ねぇ、カーチャン今 “わんだふるぷりきゅあごっこ” したいなぁ。一緒にやってくれない?」
次男はやはり首を横に振る。なぜだ……。
「次男は、長男くんと一緒にやりたいんだよぉ」
壁は兄弟たちの絆だったか……!
確かに、長男はごっこ遊びの相手役として定評があり、常に必須メンバーとして熱望されていた。我が家のごっこ遊び界で、もっとも予約が取れない男なのである。
長男に軽く嫉妬しつつ「カーチャンも上手なんだけどなぁ」と食い下がると、次男から「じゃぁ、いろはのママ役ならいいよ」とお許しが出た。
いろはの……ママ……?
まずい。まさか、主人公の家族ポジションでの採用だとは想定外である。準備がガバガバで、顔も声も思い出せない。
このチャンスを逃したら、次いつごっこ遊びに入れてもらえるか分からないので、意を決して「いいよ! ママ役なら一番上手かも!」と参戦を決める。
しかし結局、その日も長男はごっこ遊びに乗ってこず、メンバーが主人公の母親だけでは盛り上がりに欠けるため、すぐにお開きとなった。
あまりにも無念である。
私の情熱、いや執念は、どこで昇華したらいいのか。
私はまだ諦めていなかった。自主練の成果を必ずどこかで発揮して、次男と楽しくごっこ遊びをするのだ。プリキュアでなくとも、チャンスは何度でも巡ってくるはずだ。少なくとも数年は、彼らのごっこ遊びブームが続くだろうから。
え……? 逆に考えると、数年で終わっちゃうの? ごっこ遊びの賞味期限、短すぎない……?
驚愕の事実に、思わず頭が真っ白になる。
そうか。ごっこ遊びだけでなく、絵本を読んだり、子どもたちと一緒にプリキュアを楽しんだりできるのも、あと数年の間なのだ。
……まあ、問題ない。子どもたちが卒業してしまったら、孫がいる。いつか生まれてくるであろう孫のごっこ遊びに付き合うまで、私のたゆまぬ自己鍛錬は続くのである。