砂よ、消えないで
娘(2歳)が「プールのビーガガ、どこ?ビーガガ!」と騒いでる。
「え? なに?ビーガ……ビーガガ?」と焦る夫の横で、娘にスッとブツを差し出す私。
姫、これでございましょう?
娘の顔がパァ! っと輝き、私は正解を確信する。
秋の足音が、遅れていることを悟られぬようしれっと近づいた三連休に、夏を無理やり引っ張り出して娘の海デビューを果たした。
正確にはもう3回目くらいだけれど、まだ赤ちゃんだったり、お昼寝とぶつかったりで、ちゃんと遊んだのは初めてだったのだ。
この夏はよくプールに遊びにいったので、娘の中で「水遊び」はすべて、慣れ親しんだ単語「プール」として認識しているのだろう。
「ビーガガ」はちょっと難易度が高いけれど、ビー玉のようにきれいなものといったところか。「カイガラ」をなんとなく覚えていて、「ガ」の音に引っ張られた結果「ビーガガ」に置き換わってしまったのかもしれない。
子どもの発話は、概念だ。
親は常に概念の翻訳を求められるし、秒で解読できなければ、眠れる獅子——涙と怒りの荒ぶる神——を起こしてしまいかねない。
四六時中難読言語と向き合い続けているからか「プールのビーガガ」の解読なんざ、お茶のこさいさい、へのかっぱ。
ビーガガ解読はいいとして、問題が一つある。
その日を境に、娘から、砂が出続けているのである。
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海に出向いたきっかけは、夫の発作だった。9月の連休、夫が突然「“えのすい” に行きたい」と言い出したのだ。
夫はそんなふうに、病的に水族館を欲する。子どもが産まれてからはより顕著に、週末お出かけ候補に水族館を挙げるようになった。自宅から車で行ける範囲の水族館や水遊園は、旅行も含めて、もうずいぶん回ったと思う。
確かに水族館は素敵な場所だ。デートでも盛り上がるし、家族で行っても楽しい。
それにしても、我が家は行き過ぎている。私の物差しで測ってしまって恐縮だが、水族館ってそんなに連発する感じだっけ? どうも彼は、水族館を実家だと思っている節があるようだ。
私も子どもたちも「え……また水族館……?」と思いつつ、天気予報的には連休中唯一の晴れ。旅行などの楽しい予定も計画していなかったし、浜辺で遊べることも考えると、確かにアリかもしれない。
残暑をチラつかせる気温だったことも背中を押した。タイミング的に、水遊びもそろそろ終盤だろう。
“えのすい” こと新江ノ島水族館は、相模湾に隣接した立地で、水族館と海をコンパクトに楽しめる。親しみやすい規模の屋外イルカショーも、バックに広がる相模湾と一体化することで特別なステージになり、なかなか乙なのだ。
そんなこんなで、ほぼ当日に行き先を決めて、江ノ島へと乗り込んだ。
連休初日だから、当然のように車の進みはノロノロである。
このままだとお昼寝時間と海遊びタイムがバッティングしてしまいそうだったので、実家帰省は夫と息子たちに任せるとして、車を駐車場に停めるなり、私と娘は海へと突進した。
海!
海だ!
海ーーーーーーー!!!
海なし県育ちのせいか、いまだに海を見るとテンションが上がる。娘もわかりやすくはしゃいでいる。
砂浜の感触、寄せては返す波、心地よく響くざわめき、そして水面のきらめき。海は、娘を魅了した。
うっかり車に水着を置き忘れたが、最近お気に入りすぎて制服化しているアナ雪のセットアップが砂まみれになることも厭わず、ざぶざぶ海に向かって突き進む娘。
砂浜には「ビーガガ」がたくさん落ちていた。波が引いているときにキャッキャと大急ぎて拾っては、嬉しそうだ。
そのうち、夫を筆頭とする実家帰省チームも合流して、私たち家族は夏の名残を江ノ島の海で遊び倒した。
子どもたちは犬のように浜辺を転げ回り、粘土質の砂を握っては投げ、流木を見つけるたびに大騒ぎしている。眺めているだけで、愛おしい。
ただ、その日から、娘(装飾品を含む)から砂が出続けているのだ。
お尻の割れ目、耳の内側のくぼみ部分、かたくなに剥がしたがらない絆創膏の内側、ポケット、ビーガガを入れていたバッグの小物入れ、サンダル——。
何度も洗ってタオルで拭き取るのだけれど、入念な作業は娘が嫌がるのでなかなか一度では綺麗にできない。
砂の質なのか、娘が犬のように海にも砂にも突っ込んでいったせいか「こ、ここからも?!」という出具合で、とにかく砂がいつまでも出る。アンタ、砂の女王かて。Tシャツのエルサも泣いてるよ。
「ほら、また砂がついてる」と伝えると、その度に楽しかった海を思い出すのか、話に花を咲かせる娘。
「おみずのプールで、キャホーウ! したね!」
「うしのくっちー、たべたね(たべっ子どうぶつの意)」
「おみずのプール、たのしかったね」
うん、うん。
楽しかったよね。
君たちが喜んでくれたら、もうそれだけで、カーチャン幸せだ。たくさんの情報量をどんどん取り込んで、君たちはどんなふうに、記憶を積み重ねているのだろう。
さすがにもう全部落ちてくれよ、と思いながら、砂を見つけるたびに私も子どもたちの笑顔を思い出して、頬が緩む。
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連休の終わりには、すっかり秋の風になった。季節とともに、全力で外に駆け出す子どもたちは、どんどん先にいってしまう。
海から持ち帰った砂が全部消える頃、海の出来事は遠い記憶になっていくだろう。
そんなふうに、たくさんの思い出が、日々霞んでいくのだ。わかっているのに、少し寂しい。
もう少しだけ、出てきてもいいよ、砂。あと少しだけ、もう少しだけ、消えないで。
個人的に好きな水族館は、葛西臨海水族園(マグロの水槽)。
とにかく迫力があって、どでかいマグロたちがぐるぐる回っている巨大水槽を見ていると、いろんなことがどうでもよくなってくる。
数年前にマグロがたくさん亡くなってしまって、とても悲しい。
大量のマグロたちの横で、読書をしたい。
最近買ってお気に入りの春摘み和紅茶を淹れてゆっくりしたり、残り3ヶ月を切った2024年に思いを馳せたりしたい。
水槽の横に布団を持ち込んで、マグロたちに抱かれながら深い夜を味わいたい。
——そんな願望を抱きながら、四方八方に散るこどもたち3人を追いかけていると、せいぜい水槽前の滞在時間は30秒ほど。全然、チケット代消化できてないよ……!