シリーズ第4部 浅田次郎『マンチュリアン・リポート』を読んだら
前作『中原の虹』の最重要人物張作霖。
張作霖と言えば「爆殺」。
なのですが、前作では爆殺まで話が到りませんでした。
では今作でいよいよ爆殺事件勃発か!と思って読み始めたらお話は張作霖爆殺から一年後の日本から始まりました。
というわけでこの『マンチュリアン・リポート』は、やんごとなきお方の密命を受けた軍人が張作霖爆殺の真相究明のため、満州に派遣されるところから始まります。
昭和初期、密偵、満州。
浪漫の香りがただよいます。樺島勝一の挿絵が似合いそうな設定です。
『マンチュリアン・リポート』 浅田次郎
政府が強行しつつあった治安維持法改正に反対する意見書を配布して懲役を科され服役中の陸軍中尉、志津邦陽(しづ くにあき)は、ある夜、独房から連れ出され、皇居で昭和天皇と会うことになります。
「満州では関東軍が天皇の名を利用して好き勝手なことをやっているようだが自分のところにはストレートな情報が入ってこなくて歯がゆく腹立たしく耐え難い。お前の意見書は的を射ており、見どころがありそうだ。ちょっと満州に行って張作霖爆殺の真相を調べて伝えておくれ。報告にあたってはそんなに気を使った体裁は整えなくていいよ」
みたいなことを命じられます。
こうして満州に渡った志津邦陽が天皇宛に送った報告書が本書のタイトル「マンチュリアン・リポート(満州報告書)」なのでした。
本書は序章と終章を除くと、志津中尉が天皇に送ったこの「満州報告書」ともうひとつ、「鋼鉄の独白」というパートが交互に記されるという構成になっています。
なんでしょう「鋼鉄の独白」。
それは張作霖が結果的に死地に向かうことになる際に乗った列車の独白でした。
独白と言っても、自分を作ったイギリス人の棟梁とはほぼ会話形式の意思の疎通ができるようです。棟梁は彼を「公爵(デューク)」と呼んでいます。ちなみに「棟梁」には「フォアマン」とルビが振ってあります。
なんでしょう。機関車と人間が会話してます。「きかんしゃトーマス」かよ、と最初は思いましたが、読み進むにつれ違和感はなくなっていきます。
彼らの会話によると、そもそもこの「公爵」は、西太后のためにイギリスで作られた超特注超豪華列車で、ハイパワー機関車と超豪華客車を備えた構成になっていて、その豪華さは英王族も嫉妬するほどでした。
しかし、西太后を乗せて走った後は役目を終え、25年間ずっと倉庫で眠っていたのだそうです。
ある日、25年の眠りから起こされた「公爵」は、張作霖を乗せて奉天へ走れと命じられます。
そしてこの「鋼鉄の独白」パートが、とても貴重な、張作霖爆殺までのリアルタイム実況の役目を果たすことになるのです。
張作霖も「きかんしゃコーシャク」と意思が通じるようで、なんだか死を予感しているかのような張作霖の「静かな覚悟」みたいなものを感じさせる語りになっています。
リアルタイムの「鋼鉄の独白」と後追い捜査の「満州報告書」が補完しながら爆殺の真相に迫って行き、たどり着いた事件現場の描写が交錯します。お見事。
そして「きかんしゃコーシャク」は最後の最後で泣かせてくれます。鋼鉄のくせに公爵ったらもう。
このシリーズ、文庫数冊の大長編の後に文庫1冊分の、大長編を補完するようなお話を挟む刊行ペースになっているみたいです。
そういうわけで次の第五部は大長編の番ですね。
こちら。文庫4冊分。
『天子蒙塵』 浅田次郎
最初にちらっと書いた、この小説に似合いそうな挿絵画家、樺島勝一先生の画集のリンクも貼っておきます。少し前に買いましたが、いいですよ、樺島先生。