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とりとめのない一日のとりとめのない日記も映画なら色づけてくれる。

在宅勤務のいいところは、通勤がないところだ。
出社となると、いくら早く起きても、
待ち構えるのは人がごった返すラッシュの電車。
情勢のおかげでだいぶ混雑率は低いが、
パーソナルスペースが容易に蹴破られるストレスは尋常じゃない。

その点今日は充実していた。
昨日は、アイアンマンの無印にスパイダーマンの無印を観た。
今日は、出勤前と昼休み、退勤後にスパイダーマン:ホームカミングを観て、
今はAmazon Primeがレコメンドしたメン・イン・ブラックを観ている途中だ。
MIBって宇宙人とドンパチする話だったんだ。
俺たちは秘密の中で生きている、そして影の中に存在する。」
生活の中に潜むエイリアンから人類を守る、「影の中の彼等」。
凸凹コンビのコミカルさと、暗躍するヒーローのカッコよさに震えた。

今週中には、ディズニー・チャンネルに登録してアベンジャーズの系譜を辿る予定だ。

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とりとめのない日に書くことは、
きまってとりとめのないことだ。
たとえば、今日今この瞬間は、頭が3つくらいあればいいって思っている。
映画や本を鑑賞する頭。
小説を考える頭。
仕事を処理する頭。
腕も頭1つに2本1組あるといい。
頭が1つにつきマルチタスクができるんだったら、腕は4本1組にしてもいい。
それじゃあまるでMIBに出てくるタコ足エイリアンだ。
不気味の谷現象は、まっとうな人型に頭と腕が多く生えていたとしても成立するんだろうか。
少なくとも私は、
頭が3つ、4本1組計12本の腕がある人間は、
エイリアンだと思うだろう。
何が言いたいって? 
身の丈に合ったものが実は一番、着心地がいいってことかもしれない。
あるいは、MIBのKが言っていたように、

「人ってのは幸せに生きていくためには、
何も知らないってことがいちばん大切なんだ」

ただそれだけのことかも。
とりとめのない日に書くことは、
きまってとりとめのないことだ。
……次に書く長編小説は、きっとMIBに傾倒した、
暗躍する凹凸コンビが出てくるはずだ。
これもまた、とりとめなく。

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日記のいいところは、取り繕う必要がないところだ。
取り繕うことがないとはいえ、不愉快になることを話すつもりはない。
書いていて怒りや憎しみに包まれていては、書くのに疲れてしまう。
それに、見返したときにみっともなく映るからだ。
だったら、希望と娯楽に満ち溢れていたほうがいい。
MIBを観ながら、記事を書き終える。
ちょうど、上映時間も終わる頃だ。
物語はハッピーエンドがいい。とびきりの。
では、日記だったら?
ハッピーエンドはずっと先だ。
はてさて、終わる前に何度ハッピーになれるだろう。

走馬灯に収まりきらないスタッフロールのなか、
最後に映し出される総監督・自分の名前がせめて輝いていればいいなと願う。


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