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【連作短編】襤褸布の彗星・第1回『深夜のコンビニ、未知との遭遇 その1』
深夜のコンビニは、田舎育ちの若者にとって、大人の階段を昇るのと同じくらい貴重なことで、ぼくもまた、その若者の例に漏れなかった。
夜天の花曇りを透かせば、淡い金色の、欠けた月と相まみえる。ここ数年で、たちまち入れ替えられたらしいLED電灯のせいで、夜は人の手で汚されたように見えた。
深夜のコンビニに出向く理由に大層なものなんてない。なくていい。小腹が空いたから夜食目当てで、だったり、口が寂しいので乳房代わりの煙草目当てで、だったり。それから、同棲相手と喧嘩をして一晩家を締め出されて、行く宛もなくコンビニの雑誌コーナーで本を読むフリをして夜を明かすっていうのも粋だろう。
店に入る。電子音とともに平坦ないらっしゃいませ。
ぼくの目当てはエナジードリンク。なんてったって、課題が終わらない。ここのところ、徹夜をしなかった日のほうが少ないが、その九割は夜遊びに割いている。
夜の都会は誰だって合法でハイになれる。街頭で終電を逃した女の子と二四時間営業のカラオケで一夜を明かしてみる。あるいはホテルで眠くなるまで映画鑑賞、ってのも悪くはない。使い捨ての連絡先がメッセージアプリに募るのは滑稽だ。
街一帯が仮面舞踏会のようだ。夜の闇をつんざく、情報過多な情景と、雑多で猥雑な声と音がぼく達に夜明けまでマスクを着せてくれる。ノイズ混じりの平たい顔は三晩明ければ新品の大学ノートよりもまっさらだ。
入口近くにある栄養剤のコーナーは品薄で、周りが学生街だということを実感させられる。同じような魂胆でコンビニを頼る人がなんと多いことだろう。
お気に入りの、翼を授ける例のドリンクは一本だけ。手に取ろうとして、首筋にひゅっ、と春の夜の涼しく湿った風が刺す。目元、颯爽と通り過ぎるシルクのような黒い髪。
ぼくの手の上に冷たくて細い指が覆い被さる。触れた瞬間、「あ、」と反射で声が漏れる。
たった一本だったドリンクは誘蛾灯で、ぼくと……その手に触れた彼女はさながら光に惑わされたみすぼらしいモスの雄と雌だった。
そう、僕が田舎育ちで、まだ洒落の酒の字も飲み下せない芋畜生だったように、そこにあった女もまた私と同じ身なりだった。
グレイのオーバーパーカーは使い古しの寝間着だろうか、くたびれていて、やや猫背ぎみな出で立ちも相まって、みずぼらしさを引き立てていた。そのくせ、肌は面皰の一つもないどころか、咲き乱れた桜の花びらを一枚ずつ摘んで、薄布にしたような慎ましやかさがあった。
極めつけは真っ黒で丸っこい吊り目。コンビニの照明に揺らいだ瞳には、気まぐれな野猫が飼われている、ような気がした。
「……あなたも、それ、好きなんですか?」
「あ、……ああ。徹夜するときはきまってこれなんだ。緑色の方は刺激がちょっと強すぎる」
「量が多いんですよね。ちょうどよくない。缶一本飲むのに鼻血を気にしなきゃいけないんです」
「なんだ、あなたも、僕と同じ理由なんですね」
「何がです?」
「鼻血」
「――あぁ、」
まさか、コンビニで意外な同志と出会うなんて。
深夜のコンビニで出会ったぼくらは、三五五ミリリットル、例の緑色のモンスターに一泡吹かされた者同士だったらしい。(続く)
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あとがき
気が向いたので連作短編を書き始めました。
タイトルは『襤褸布の彗星』です。
大学1年生で出会った男女が過ごした大学での怠惰な日々について書いていくつもりです。キャラクタ等は少しずつ小出しにしていければ。
『ぼく』が小説書きで、『彼女』もまた小説書きというのが最初の設定です。決して華やかではない二人の話を、よろしくお願いします。