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流れよわが涙、と警官は言った


流れよわが涙、と警官は言った

 著名なSF作家、フィリップ・K・ディックの代表作の一つです。
 この方の作品は、好みが分かれると思います。本作も、そうです。絶賛する方と、「意味がわからない」という方とに、分かれるでしょう。

 本作が発表されたのは、一九七四年です。二〇一四年現在から、ちょうど四十年前ですね。
 SF小説とはいえ、これだけ昔の作品となると、世界観が古いです。
 作中世界には、インターネットも、携帯電話もありません。テレビが、マスメディアの王座にあります。人々は、固定電話で連絡を取り合っています。

 でも、作中世界では、すでに火星に人が住んでいたり、個人が飛行艇を使用して通勤していたりします。古さと新しさとが交錯する、レトロ・フューチャーな世界です。

 ストーリーうんぬんより、私は、この世界観のほうを、興味深く読みました。
 この四十年の間に、私たち人類の世界が、いかに変わってきたのかが、わかります。優れたSF作家の頭脳をもってしても、ネットと携帯電話の発達は、予測できなかったのですね。

 作中世界は、巨大な監視社会でもあります。人々は、誰もが、何枚ものIDカードを保持することを求められます。警察が、常に、そこらじゅうで検問をして、それらをチェックしています。
 コンピュータのデータベースに、すべての国民の個人情報が入っていて、個人情報が、国家に握られています。警察は、IDカードとデータベースの個人情報とを照合して、「こいつは何者か」監視しているわけです。
 IDカードを持たない者は、強制労働収容所行きとなります。

 そんな世界で、本作の主人公の一人、ジェイスン・タヴァナーは、IDカードをすべて、なくしてしまいました。
 しかも、彼を知っている者が、誰もいません。彼は、三千万人もの視聴者を持つ、有名なテレビタレントだったはずですのに。

 すべてを失った男、ジェイスン・タヴァナーが、生きることに苦闘するさまが描かれます。
 彼がからむ人物が、みな一癖も二癖もある者ばかりです。精神病患者だったり、警察への密告者だったり、薬物中毒者だったりします。
 タヴァナーは、これらの人物と、たびたび、哲学的な会話を交わします。例えば、愛についてなどです。

 これらの会話の部分が、ディックの特徴です。ディックの作品が好きな方は、この会話に感動する方が、多いようです。
 私の場合は、「逃亡中だというのに、こんなに悠長な会話をしていて、いいのかしら?」と思いました(笑)

 物語の後半以降には、もう一人の主人公が登場します。警察官のフェリックス・バックマンです。
 最後のほうには、バックマンが、ほぼ、主人公という役割を、タヴァナーから奪ってしまいます。題名の『流れよわが涙、と警官は言った』は、バックマンにちなんでいます。

 権力の側にいるバックマンですが、ただの権力の犬ではありません。彼には、とても後ろめたい部分があります。
 その後ろめたさに関わる、ある人物が、タヴァナーの運命を左右していました。

 SF的なガジェットの点では、説明不足な感が否めません。このために、「タヴァナーが、身元不明な人物になった理由」を、はっきり理解できる方は、少ないのではないでしょうか。

 SFでありながら、未来的な感じや、科学的な部分は、ほとんどありません。
 前記のとおり、レトロ・フューチャーな雰囲気を楽しむ作品だと思います。
 ただ、監視社会という点では、現代日本もそちらの方向に向かっている気がして、風刺的だと感じました。



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