源氏物語「紅梅巻」を読む

 最近は夜型生活になっていたが、やはり私には朝型生活が合うらしい。向き不向きがあるなと実感した朝。今回は「紅梅巻」だ。実のところ、私はこのあたりを毎度理解できない。誰が誰の話をしているのか、どの人のことをいっているのかと、それを理解するので精一杯で、内容理解まで辿り着かない。例のように、今回もまた理解できなかった。

 しかし、注釈にて面白い記述を見た。



東の姫君も、うとうとしくかたみにもてなしたまはで、夜々は一所に御殿籠り、よろづの御事習ひ、はかなき御遊びわざをも、こなたを師のやうに思ひきこえてぞ誰も習ひ遊びたまひける、もの恥ぢを、世の常ならずしたまひて...

注「このあたり、叙述内容に矛盾あり、文章も整わず、この物語の作者としては不審な行文。」


巻最後の注「この巻の作者がこれまでと同一人物とすれば、ここに匂宮と八の宮の姫君との交渉にふれるのは、後の宇治の物語の予告ともみられよう。しかし、作者は、宮の御方という特異な姫君を登場させながら、以後わずかに「按察大納言の紅梅の御方」とその名にふれるだけで、それ以上物語を進展させなかった。それは宮の御方と性格の似る宇治の大君が、新しい主題とおもに作者の胸中に育ちつつあったためか。しかし、この巻も、語彙・語法・内容・表現にわたって不審な点が多く、紫式部のいわば監修下に別人が作ったとか、後代の補作であるとか、その他成立に関する見解はさまざまである。



 昔の作品であるからこそ、だれが作ったかわからない。もしかしたら、ただ同じ作者が何か別のものにハマって、影響を受けて書いたのかもしれないし、はたまた全く違う人物が書いたのかもしれない。その時代とも限らない。いろんな想像の膨らむロマンがある。


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 記事を連続で書いていると、どうしても眠たくなるらしい。

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