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オーディオブック ライオンのおやつ

タイトル:ライオンのおやつ
著者:小川糸
出版社:ポプラ社
出版日:2019/10/09

一言で言うと、幸せなお話だった。
こうやって死ねたら幸せだろうなという話。

主人公のしずくが孤独な身の上でありながらも、愛情をたっぷりと受けて育ったことがこの幸せを形作っていると思う。
ガン治療を経てホスピスへと移り最後の時を過ごすのだが、もちろんその中には本人の悲しみだとか、他人の苦しみだとかも描かれている。
死というものに向き合い受け入れていく場所で、今生きていることに感謝し、まだ生きている、まだ変われると、衰弱していく体に反して心は崇高とまで言えるほどの域に達していく。

舞台のレモン島(=生口島)についてはつい調べてしまった。
それほどにこの土地の素敵な景色描写がされていて、暖かな気候や、穏やかな海がある瀬戸内はいつか行きたい場所になった。
この環境の中で守られ、心自由に過ごす姿は、正直うらやましささえある。

しかし私の心の問題なのだろうけど、こんなに美しいか?と訝しむ気持ちが生じてしまった。
きれいで美しくて幸せな物語の中に陰を探すのだけど、特別見当たらない。
『病気で死ぬ』ということはきっと不幸ではなくて、受け入れるべきことで、早いか遅いかの違いだけでしかない。
ガンはいい病気だと言われるが、確かにその通りなのだと感じる。
死に対して準備することができるからだ。
こうして素晴らしい場所に巡り会い、旅立ちを迎えられたことは、幸せだったと思う。
それにしても、こんなにも美しい世界で死ねるのかなと、考えてしまう私は、まだまだ俗世間側のものなのだろう。

登場人物の中で一番魅力的だったのは、ホスピス代表のマドンナだ。
冷静で無機質な印象を始めは受けるが、次第に芯の強さや、理想の高さ、人間味溢れる姿に徐々に惹かれていく。
こうした人と一緒に働けたら楽しいだろうか。
ほぼ休みなしで働いているというからブラックだろうか。
いずれにしても、やりたいことをやっている、形にしている生き方がとても魅力的だった。

ワインを作っている青年が最後の方で言っていた言葉が胸に残った。
しずくの死後、「実物に会えなくなって残念」「亡くなる前の方が切ない」そう語っていた。
人の死によって生まれる感情は、悲しみだけではないことに、どこか希望を抱く。
しずくの肖像画を自宅玄関に飾ったというのはちょっと引いた。
特別な気持ちはあっただろうけど、はっきりと恋人ではなかった仲でそういうことをされるのは重いかなと。
自分に恋人ができたらどうするんだろうとか、余計なことを考えてしまった。

涙を誘う物語に心打たれる人は多いと思う。
とてもわかりやすく書かれていて、感情移入しやすい。
逆に人ってそんなにシンプルなのか?死を直前にするとこうした心理になるのか?そうした事を考え、また美しすぎる展開にも現実とのギャップにも、どこか夢心地な世界観に一歩も二歩も外側から眺めている感覚だった。

自分の死に様をどうしたいのか、ついては生き様についても、自分がどうありたいのかを考えるきっかけになるのではないだろうか。

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大須絵里子
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