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バナナをおやつに入れないことで発生する問題――2023/11/14


↑前編というか、
 前談はこちらだが、読む必要は全くない。



来週は、待ちに待った遠足。
5年2組の教室の中は、楽しげなざわめきに満たされている。

しおりの読み合わせを終え、
担任の佐藤先生は子供たちを見渡す。

「ここまでで、何かわからないことはありますか?」

待ってましたとばかりに、
「先生〜!バナナはおやつに入りますかぁ?」

クラスでいちばんのお調子者である
タロウが元気に質問を投げかける。

子供たちは「ドッ」と沸いた。

小学校の教員になって5年。
佐藤先生は、うんざりしていた。

担任するクラスも学年も、毎年変わる。
それなのに、必ず一人いる。
ニコニコしながら「この質問」をしてくる児童が。

いったい何が面白いというのか。

学年主任の飯塚先生からは、「この手の質問が来たら、否定も肯定もせず、適当に流しなさい」と言われている。

そうやって大人が答えをあいまいにするから、
子供たちが面白がるのだ。

私にとっては心底どうでもいい。
どうでもいいならいっそ、
はっきり決めてしてしまえばいい。

佐藤先生は少し語気を強めつつ、答える。



「バナナは、おやつに、入りません。」


教室は水を打ったような静けさにつつまれた。

数拍おいて、教室の誰かがぽつりと言った。
「おやつに、入らない・・・?」



遠足当日、

タロウ君は、
黒いドラゴンがデザインされたイケてるナップサックに、
バナナを「1房(ひとふさ)」まるごと入れて持ってきた。

本数で言うなら、8本。
おかあさんが青果の専門店で購入してくれた
良いバナナだ。

青果専門店なので、
味はもちろんのこと、色や形も一級品。

そこらのスーパーで買えるバナナとは
「格」が違う。

店頭価格が300円どころではないのは、
小学生が見てもわかる。

本来、遠足のおやつは300円までだ。



しかし「バナナはおやつに入らない」



クラスのお友だちは、タロウのことを羨ましがった。

「高級フルーツ」として売られるような、
ハイグレードなバナナを見たことが無かったので、当然の反応だ。

ユウイチ君は、自分が持っているお菓子をタロウに差し出して、1本だけでも分けてもらおうとする。
シンタロウ君はチョコレートを。ヤスヒサ君はクッキーを。また、ミツル君は、お弁当のおかずの唐揚げまで差し出す。

持たざるものは、タロウの雑用を買って出た。荷物を持ち、水筒の飲み物をつぐ。体格あるものは、タロウのボディーガードになる。

こうして、タロウは
高級バナナを欲しがる連中を従えていくのだった。

タロウの持ってきた高級バナナのうわさが、更なるうわさを呼び、
集団は個人を吸収し、組織は大きくなる。
やがて誰もタロウに逆らうことはできなくなった。


遠足が始まってからたった15分。

5年2組はタロウ王国になったのだ。

タロウへの貢献という
「競争」を基本原理とした統率力で
盤石に見えたタロウ王国。

その栄光は、永遠に続くかに思われた。

しかし、タロウ王国繁栄の陰で、
静かに、しかし確実に、
力をつけている者がいた。



言うまでもない。
5年1組のタケちゃんだ。



狡猾で欲深いタケちゃんは、
バナナを「大量」に持ってきていた。
その量は、10本や20本どころではない。


そして、彼は持っているバナナを「見せびらかす」ことはしない。

それどころか、不思議なことに、
他にバナナを持ってきているお友だちと交渉して、
さらなるバナナを集めていた。

タケちゃん自ら、雑用を買って出たり、おやつをさしだしたり・・・。

「半分だけ」、「ほんの一口だけでもいいから」

そう言っては、
タケちゃんはいろいろなお友だちから、
バナナをもらい続けた。

すると、どうだろう。

半分にしたバナナを、大事に取っておくものはいない。

それはなぜか?



・・・黒くなっちゃうからだ。



人に半分あげたら、もう半分は、
その場で食べてしまう。誰だってそうする。

タケちゃんは、そこに目を付けた。

誰かがバナナを「食べる」ごとに、
この遠足に持ち込まれた
「総バナナ本数」は減っていく。

すると必然的に
タケちゃんが持ち込んだバナナの価値は高まっていくことになる。

限界まで価値が高まった時に、
隠し財産のバナナを放出すれば、

本来の価値を大幅に超える取引ができる。
という算段だ。


いや・・・。
ここまでは凡百の小僧どもでも思いつく奴はいる。


狡猾で貪欲なタケちゃんは、
その「上」を行っていた。


彼が売るのは、バナナではない。

「情報」だ。


「なぁ。ヒデちゃん。君のおやつを2倍、3倍にできるかもしれない、美味しい話があるんだけど、聞いていくかい?」

「やあ!タケちゃん!なんだい?美味しい話って」

「まだ誰も気づいていないけど、
この遠足は、時間経過とともに
バナナの価値が右肩上がりになる。
僕も、もうバナナは2、3、しか
持っていないのだけど、
大好きなヒデちゃんには特別に、
このバナナを1本売ってあげる。
対価は、君のおやつの30%で良い。
あとは、このバナナを
遠足の中盤まで隠し持っておくだけ。
それだけで、君は億万長者になれる。
いいかい?今僕と話した情報は、
誰にも言ってはいけないよ。」

タケちゃんは
市場のバナナが減ったのを見計らって、
「情報」とバナナをセットで売りさばいた。

実際、
バナナの為替変動に
気が付いているお友だちはいなかったので、
この情報価値は大きい。

タケちゃんに商談を持ち掛けられたお友だちは、
その説明に納得する。
この説明に嘘はないからだ。

・・・自分が隠し持っている在庫のことを除いて。

そしてみんな、
タケちゃんからバナナを購入した。

結果として遠足の中盤に差し掛かるころには、
タケちゃんは、手元に大量のバナナ在庫を残したまま、
大量のおやつを手に入れていた。


バナナを多く持つものは、持たざる者を従える。

持っている本数や品質がステイタスとなる。

誰もがバナナを求めることにより、
バナナの価値はひたすらに上昇する。

バナナを買い付けて、
すぐに売りに出すだけで1割の利益が出る。

世はまさに、バナナ・バブルだ。

ここまで、
完全にタケちゃんの思い通りに進んでいる。

しかし、一つだけ思い通りにならない存在があった。

タロウ王国だ。

唯一無二の価値を持つ高級バナナ。
それを分け与えられてもらえる可能性。
その魅力の前では、タケちゃんの交渉は通用しないのだ。

高級バナナの希少価値、
そしてタロウ自身のカリスマ性で、
強力な軍隊を従えるタロウ王国。

裏でバナナの供給量を牛耳って、
経済を意のままに操れる。
闇の支配者、タケちゃん。

遠足の命運は、この二つの勢力に二分された。


・・・しかし次の瞬間。

うなる轟音とともに、
山のように巨大なトラックが
遠足の目的地である公園に到着した。

黒光りするサングラス。白いタンクトップから突き出す上腕二頭筋。

咥え煙草で、運転席の窓に肘をかけている大男。

あれは・・・。

あの男は・・・。


学年主任の飯塚先生だ。

「おい!耳の穴かっぽじって、よく聞け、よいこのみんな。今からバナナの食べ放題パーティーだ。好きなだけ持っていけ。おうちにもって帰ってもいい!」

トラックいっぱいのバナナ、バナナ、バナナ。

圧倒的な物量の力によって争いを収束させるべく、
名将・飯塚先生によるバナナのバラマキ政策だ。

この全校遠足というマーケットに、
バナナという通貨が
無限に流れ込んできてしまった。

その結果、バナナの価値は大暴落。

無料で、無限に手に入る物を、
買う意味なんて無い。

こうなれば、バナナの在庫を抱えている者ほど、
高い位置からどん底に突き落とされることになる。


バナナ・バブルの崩壊だ。


さすがのタケちゃんも、
これは予想できなかった。

あと少し価値が上がったところで、
一気に売り抜けようと画策していたのだが、
飯塚先生のほうが、1手、早かった。

そして、バブル崩壊による影響は、
タロウの高級バナナも例外ではなかった。

多くのお友だちは、タダでもらえるなら
安いバナナでも別にいいと考える。

もらえるものは貰う。




なぜなら、お安いバナナだって、
結構おいしいからね!

あと、ぶっちゃけ、2本も食ったら満足するので、
もういらない。

手下たちが高級バナナへの興味を失ったので、タロウ軍団は解散となった。



次の年の遠足。

今年赴任したばかりの若い教員に、
佐藤先生は、大切なアドバイスをした。



「この手の質問が来たら、否定も肯定もせず、適当に流しなさい」


あと、飯塚先生は、無免許運転だったので懲戒処分になった。


エンディングNo.4  :  数の暴力



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