見出し画像

【note創作大賞2024恋愛小説部門】君は僕のアンドロメダ⑦

【第2章】『天体観測』

僕たちはお互いの話をした。

長い長い夜だった。

星の輝きを見つめながら。

月の光に照らされながら。

君の涙を拭いながら。

二人の過去の話をした。

覚えている限り鮮明に僕たちは記憶を交換した。

忘れないように。

彼女がこれからもこの世界を生きられるように。

君は僕に記憶を託した。

辛いことも苦しいことも。

何一つ包み隠さずに。

僕も記憶を君に渡した。

僕が話し終えると君はゆっくり頷いた。

「…そっか、そんなことがあったんだね」

彼女は寂しそうな顔をして笑った。

僕は君にかける言葉を必死に考えた。

「蒼夏、よく頑張って生きたね」

君のやわらかい体を力強く抱きしめる。

君は俯いたまま首を横に大きく振った。

「あの日の救急車もりずちゃんの絵も全部宙くんだったんだね」

「ずっと昔から僕たちは繋がってたんだ」

「…星座みたいだね」

君はなんとも言えない顔で僕たちの悲しい運命を見つめていた。



僕たちは友人をひとり失った。

白河莉鈴…、りっちゃん。

悠さんから電話が来て死亡したことを知った。

電話を終えて号哭した。

悠さんがどこから僕の電話番号を知ったのか。

りっちゃんの身にあれから何があったのか。

そんなことはどうでもよかった。

繰り返し心に襲い掛かる大きな波に吞み込まれてしまわないように必死だった。



翌日、お通夜へ参列した。

しんと静まり返った部屋の中、僕だけが涙を流さなかった。

僕が知っているより大人になったりっちゃんの写真。

この顔がただの笑顔じゃなくて苦しい時の顔だと知っている人間は僕以外にいないようだった。

皆、その嘘が張り付いた笑顔を愛しそうに眺めて泣いていた。

僕はどうしても泣けなかった。

泣きたいのに涙が出てこなかった。


遠くから押しつぶされた声のしゃっくりが聞こえた。

よく知った顔の女の子がいた。

間違いなく蒼夏だった。

声を押し殺して泣いていた。

なぜ蒼夏がここにいるのか理解できないまま僕は立ち尽くした。

家族よりも重い存在を亡くした僕にそれ以上を考えることは不可能だった。



蒼夏が僕に気づいて目を丸く見開いた。

その後に複雑な顔をした。

君もりっちゃんのこと、好きだったんだ

理解できそうにない現実からは目を逸らして隣の悠さんの話に耳を傾けた。


りっちゃんの死因は自殺だった。

浴槽での溺死だった。

予想通り。

なにもかも分かっていた。

りっちゃんが本当は痛いのが大嫌いなこと。

親の元に帰ったらいつかりっちゃんは自分を殺してしまうこと。

それでも自分を傷つけて精神を保ち続けていること。

腕の傷があってもなくても好きだった。

守ってあげたかった。

心の底から好きだと言えなかった。

もう何を考えても遅い。

何も伝わらない。

どうしようもない不甲斐なさがズキズキと胸を痛めた。

全身にこもった熱は外に出ることを許されず、ただ怒りと憎しみと悲しみだけが僕の体の形をして存在した。


悠さんと数年ぶりに話すとあの日々の平和ボケした気持ち悪さと甘みを含んだほろ苦さを思い出した。

僕の最悪な日々の幕開けも。


気持ちが落ち着く兆しは見えなかった。


心の勢いに任せて蒼夏に声をかけた。

蒼夏は僕の誘いを二つ返事で聞き入れた。

僕たちは近くのホテルに一泊することにした。

ベランダの涼しい風にあたりながら空を見上げた。

月が綺麗だった。

りっちゃんのいない世界。

そんな世界でゆったりとした時間を生きる僕。

僕は僕自身を憎んだ。


沈んだ空気の中、先に口を開いたのは蒼夏だった。

「なんで死んじゃったんだろう」

「…分からない」

なんとなくそう答えた。

僕たちは空っぽになった心を満たすために話をした。

それぞれの言葉で小さいころの記憶をたどった。

先に蒼夏が話して次に僕が話した。

りっちゃんとの出会い。

りっちゃんとの日々。

りっちゃんとの別れ。

それから僕たちが出会うまでに歩んだ道のり。

僕たちは曲がりくねった道を歩いてきた。

もはや道なんてなかったのかもしれない。

それでも僕はまっすぐに歩きたいと思った。

蒼夏と出会ったから。


僕と蒼夏が初めて出会った日。

あの日、僕としての人生が音を立てて始まったのだ。

錆びついていた運命の歯車がゆっくりと回り始めた。



1話🔽

2話🔽

3話🔽

4話🔽

5話🔽

6話🔽

1話(英語&音楽ver)🔽

2話(英語&音楽ver)🔽

3話(英語&音楽ver)🔽

4話(英語&音楽ver)🔽

5話(英語&音楽ver)🔽

6話(英語&音楽ver)🔽

マガジン🔽



読み返しはこちら🔽

サポートしてくださるととても嬉しいです!サポートしていただいたお金は創作活動に使用させていただきます。