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◆読書日記.《フィリップ・フック『サザビーズで朝食を 競売人が明かす美とお金の物語』》

※本稿は某SNSに2019年8月19日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。

 フィリップ・フック『サザビーズで朝食を 競売人が明かす美とお金の物語』読了。

フィリップ・フック『サザビーズで朝食を 競売人が明かす美とお金の物語』

 英国の主要二大オークション・ハウスであるクリスティーズとサザビーズの両社で35年に渡って活躍してきた著者が、自身の経験を元に芸術作品を「金額」や「オークション市場」という観点から語り尽くす美術コラム集。

 ……ということなので、もちろん主な話はセカンダリ・マーケット(中古市場/第二市場)が中心となっている。

 美術品の価格というのは結構複雑な面もあるが、あっけにとられるほど単純な決められ方をする場合もある。

 基本は「誰もが欲しいと思う人気作」ほど価格が上がる、という単純な法則が存在している。

 教科書にも載っているような、誰もが知っている有名な美術作品などは言うまでもなく売値も高い。

 だがその他にも「小さい作品よりもデカイ作品のほうが値段が高い」というのもある。

 例えば同じ後期ピカソの騎士を描いた作品でも150×100㎝の作品は60×50㎝の作品よりも価格が高い、というのがある。

 もちろん大きすぎても価格は下がる。例えば、玄関のドアを通らないほどデカい作品だと、価格は下がってしまう(笑)。

 逆に「小さいのがいい」という場合も例外的にある。
 例えばデューラーによる頭部の肖像画やクラナッハの作品など、その作者の技巧が凝縮されていると評価される作品については価格が上がる時もある。

 本書では、このようにどんな美術品のどんな特徴が、セカンダリ・マーケットの価格設定にどのような影響を与えるのかという事情を、テーマ別に78項目に分けて書いた読み易いコラム形式で語る「コラム集」といった感じ。

 学術的な書き方ではなく、エッセイ的に読みたい項目を選んで軽く読める形式なので、そういう軽い読書がお好みの方にはお勧めできる内容だ。。

 と言う事で、わりと基本的で初心者レベルの話題も多く「美術ファン」レベルの方でも気軽に読めるうえに業界内のけっこう濃い逸話まで知る事が出来て、単純に読み物として面白い。

 ぼく的には本書の後半のほうが、オークションハウスの具体的な事情が多くなってきて参考になる話が多かったように思える。

 例えば、割と知られていない話かもしれないが、美術館のキュレーターと市場の売人とでは、作品の評価の仕方が違うという話も出てきた。

 美術館ではあくまで「学術的」に美術品を見ているので、「歴史的に重要な作品かどうか」や、単純に「美的価値はいかほどか?」という価値観が重要になって来る。

 それに対して市場の売人の見方は「市場の価値はいかほどか?」という事を気にする。

 なので例えば、画家の鬱々とした内面を迫真の筆致で描いた絵画などは「学術的」に重要な作品であっても、ブルジョワ的な富裕層が自宅の壁に飾りたいとはあまり思わないタイプの作品なので、市場の売人はあまり重要視しないのだ。

 で、本書はそういった「市場の売人の目」を通して見た美術界の事情を楽しく説明していて優れた本だと言えるだろう。

 特に後半についてくる「用語集」という項目は、ほとんど「売人から見た美術界の"悪魔の辞典"」のようなものになっていて実に楽しい。楽しいし、そういった売人の感覚も良くわかるという点が優れている。


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