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たのしい水泳授業のへそ

●泳ごうとしなくていい。水の中の動きをたのしむことが大事

 水泳の授業で目標になりがちなのは,「卒業までに25mは泳げるようになること」。小学校では,これに異を唱える人はいないのではないでしょうか。だから,それができるように大人も子どもも一生懸命,泳ぐ練習をします(させます)。
 まずは「けのび」,そして,「バタ足」。ビート板を使ったり,ヘルパーを使ったりしながら,何度も練習して,手のかきも取り入れて,横向き息継ぎの練習…。オーソドックスな水泳の指導法です。

 もちろん,この練習を続けていると,がんばって続けられる子は泳げるようになります。スイミングスクールで開発された,泳ぎ方の最短ルートの学び方かもしれません。

 しかしながら,学校の授業でもその指導法が通用するかというと,残念ながらよしあしがあります。個別で指導して,繰り返し正しい形を練習して,毎週コンスタントにやって,だんだんと身に付いていくものですから,夏の間だけの数時間,しかも,全体指導の中でやっていく…となると,なかなか泳げるようにもならなくて,顔も水につけられない子はそのままになってしまって,子どもはもちろん,教師もイヤになっていく…。そんな現状があったりしませんか。

 そこで,一度,「泳げるようになる」という看板をおろすことから始めてみましょう,ということを提案します。その瞬間,不思議なのですが,泳げるようになるスタートが切れるのです。「泳ぐをめざさなくなったとたん,泳げるようになりはじめる」といっていいと思います。

 「水の中に入ること」は,本来,それだけで「たのしいこと」なのです。

 「冷たくて気持ちいい」だけじゃなくて,「普段当たり前にある〈重力〉からの解放」,つまり,「ぷかぷか浮くような感覚を味わうこと」ができます。そんな,たのしくて気持ちのいいことが体験できるプールでの活動が,「キライ」「こわい」などという時間になっているのなら,それはどこかがまちがっているのです。

 プールの目標は,最初から最後まで,「水の中で自由に動けること」なのです。それを楽しんだ後のおまけとして,「泳げる」がある,という感じです。
 つまるところ,大事なのは「水となかよくなること」です。なかよくなるためには,「水の中のルールを知ること」が必要で,それがわかってくると,すぐになかよくなれるでしょう。なかよくなったら,たのしさは持続して,気がついたら「泳げるようにもなっていた」ということになります。

●とにかく「脱力」

 どうして泳げないのか。泳げない子のほとんどが,体にめちゃくちゃ力が入っているのです。まぁそれは,「水の中が怖いから」なのかもしれません。また,「正しい姿勢になろうとするから」ということもあるかもしれません。
 だけど,怖さを克服できたなら,ちゃんとした姿勢なんて気にせずに,とにかく力をぬいて,水の中にいられることをめざしてみましょう。

 力が入ってしまうと,浮かぼうとしても頭が上がってしまいます。頭が上がると,足が下がります。足が下がった状態ではまっすぐ浮かべないので前に進めません。泳げないのスタートには,必ずといっていいほど,「力が入りすぎている」という現象があるのです。

 だから,最初に水の中の姿勢を学ぼうと思うなら,とことん「脱力する」をマスターしなければなりません。そして,ちょっとした矛盾なのですが,「脱力しながら体を動かせるか」ということが大事になるのです。

●いきなり全力ダッシュではなく,ウォーキングから学ぶ

 どうしても,「泳ぎのお手本」となると,「早く泳げる人の泳ぎ」になってしまって,それって,めちゃくちゃ引き締まった肉体で,水をガンガンかき分けて泳いでいくようなイメージがありますよね。だけど,それは陸上に例えると,「全力ダッシュ」の走りと同じなのです。それをやったら,めちゃくちゃ苦しくなるのは当たり前,なんですよね。

 今まで「全然運動なんかしてこなかった」という人が,健康のために初めて「何か運動に取り組む」というときに,いきなり「ランニング」から始めるというのも,しんどいでしょう。ましてや,最初から「全力で走ること」を目標にされてしまったら,すぐにイヤになってしまうはずです。
 そうではなくて,まずは気持ちよく「お散歩」からはじめることができたら安心だし,たのしいと思うのです。そのうちに慣れてきたら,気持ちいい程度にランニングするようにもなってくるでしょう。

 水泳も一緒で,最初はウォーキングのような,苦しくない,ゆったりとした泳ぎをめざすことが大事になると思うのです。

 けれども,そのような常識は,スイミングスクールの世界にはありません。スイミングスクールの世界では,その先に,「競泳の選手を育成する」という目標があるからです。だから,やっぱり,学校での水泳の目標と,スイミングスクールの指導の目標は,同じではないのです。

 学校での水泳指導の目標は,水となかよくなり,水の中で気持ちよく「自由に動けるようになること」です。そして,その先にあるのはもちろん,「気持ちよく泳げること」もあります。だって,泳げるようになったら,それはものすごく「たのしい」ことですからね。そういう体験をして,自分の〈自信〉を育ててもらいたいと思っています。

●そのための授業とは?

 「できそうだな」「できるかな?」という,ちょっとがんばればできそうな課題を次々に出し,できるかどうか,自分の体で「仮説実験」を繰り返していくような授業をします。できる子もできない子も一斉にためしてみて,できてもできなくても,すぐに次の課題に進んでいく,新しいカタチの授業方法です。いくつかポイントをあげておきます。

①たくさんの課題を,ハイテンポで試していく

 できないことを「できるまでやらせよう」とすると,苦手意識が生まれてしまったり,イヤになってしまったりします。何度か挑戦することができたら十分なのです。できていないことを気にせず,「だんだんできるようになるから大丈夫だよ~」と声かけして,別の課題に進んでください。
 課題はたくさんあるので,どんどん出していく感じでよいでしょう。飽きないテンポで,どんどん取り組んでいきます。そして,別の日に,また同じことを繰り返すのです。イヤになっていなければ,別の日に同じ課題をまた出したとしても,たのしんでやってくれるでしょう。何度もやっているうちに,確実に上達していきます。

②〈教える〉というより〈育む〉というイメージで

 泳ぎ方を言葉で教えても,すぐにできるようにはなりません。教えてもできないことは,「できる課題」を積み重ねて,運動の感覚を育むしかありません。その小さな動きの運動感覚が集まって,「意識して動く=動かせる」ことになります。遊ぶように課題をこなす中で,泳ぎに必要な感覚をトレーニングしていってください。「教育」の方法には,その言葉の通り,「教える」の他に,「育む」というやり方があるのです。それが意識できるようになると,授業の見方・考え方が広がります。

③全体的に褒める,方向性にOKを出す

 出した課題を子どもたちがやっていたら,大きな声で褒めると効果的です。みんなに向かって褒めてもいいし,個別に褒めるときも,みんなに聞こえる声で褒めてあげるといいでしょう。
 子どもたちは「これでいいのかな?」と思いながらやっているものです。だから自信がないのですが,先生が褒めてくれたら,方向性がわかって安心して,何度でもやれるようになります。実は,誰でも最初から上手になんてできないのです。どんなことでも,繰り返すうちにムダがなくなり,洗練されていきます。だから,もし子どもたちががんばってやっていたら,全然違うことをしていない限り,褒めてあげることが大事なのです。

④友達の動きを見て「いつかできるような気がする」

 ひとりでは絶対にやらないようなことでも,友達がやっていると,やりたくなることがあります。「できなそうだな」と思うことも,友達ができたところを見たら「もしかしたら,自分でもできるのかな?」と思えるものです。それが大切なので,泳力別にするよりも,全体指導で,近くの子どもたちと教え合いながら進めるのがよいと考えています。

⑤「体育の時間だけでは終わらない」ことをめざす

 「この時間にできるようにさせたい」と気張らなくても,「自由時間に,つい試してみたくなっちゃった」となる興味の持たせ方が大切です。そのためには,「もうちょっとでできそうなのにな~」くらいでいいのです。自分で試したくなると,授業の中では終わりません。ずっと練習するチャンスが続いていきます。「できるようにさせる」よりも,そういう「意欲と自信」が身につけられるような授業をめざしています。

●あとはとにかく,「課題」の内容が大事!

 水の中で自由になるためのポイントは3つで,「脱力」「呼吸」「姿勢」です。そして,そのそれぞれのポイントが,チャレンジしているうちにいつの間にか学べる動きを,以下に紹介する「3つの授業プラン」に分類して,授業フリップの形にして用意しました。

 ① 水の中で自由になろう
 ② クロールと背泳ぎ
 ③ 平泳ぎとバタフライ

 この3つの授業プランは,構造的に,右の図のようなイメージで構成されています。

 まず,〈水の中で自由になろう〉で学ぶ動きが土台としてあり,その動きの上に,それぞれ〈クロールと背泳ぎ〉〈平泳ぎとバタフライ〉の2つのプランが並列して乗っかっている,というイメージです。
 つまり,〈水の中で自由になろう〉で紹介されている動きを積み上げていった先に,「4泳法ができるようになる」が存在していると考えています。
 「泳げる」というのは,このような数々の動きの感覚が,複雑に構築されてはじめて「できる」を支える,というイメージなのです。分かれてはいますが,構造的には全てつながっているということを知っておいてください。

※具体的な「授業プラン」については,別項で紹介します。

●もうひとつ!最後に大事なこと「寒い日には入らない!」

 「寒い」というのはとても「不快」です。たのしい課題も,寒いという条件の下ではたのしくなくなります。寒い日は思い切って「入らない」という判断も大切にしましょう。
 もしも,その日にプールの予定が2時間あるなら,1時間目は体育館で動きを確認するなどして,しっかり汗をかいてから,2時間目にプールに「さっと入って出る」というのであればオススメです。それならば,同じ課題に取り組むとしても,「気持がちいい」ということになるでしょう。

 余談ですが,マラソンなどの授業でも,無理に半袖・半ズボンにこだわるのではなく,「あたたかい服装」で走り始める,ということが大切です。暑くなったら,服を脱いで温度調節をするというのも,学び方の大切な学習といえるでしょう。

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