〈水の中で自由になろう〉③姿勢
ここまでは,水の怖さとばかり向き合ってきましたが,実は,水の中で自由になるためには,水の中での「たのしさ」に目を向けることの方がずっと大切です。ここからは,そのたのしさを感じられる課題を紹介していきます。
水の中の「たのしさ」の最も代表的なものが,「浮かぶ」という体験でしょう。水の中には「浮力」がありますから,自分の体積が押しのけた水の重さ分,浮力として与えられます。つまり,陸上にいるときよりも軽くなり,体重を感じなくてすむのです。
ところが,水の中ではとても動きにくいですから,かえって不自由に感じてしまうのです。これはもったいないですね。
そこで,浮かぶことだけを感じられるような課題から取り組むのが重要になってきます。浮かぶことに慣れてから,その中でどのように動くことができるのかを確かめていけばよいのです。
はじめの課題は,手をおばけのようにだらんとし,前に倒れるだけで浮かぶことができるかどうか,という,自分の体を使った仮説実験です。脱力が上手にできれば,必ず浮かぶことができ,その気持ちのよさを味わうことができるでしょう。
大きく息を吸って,体に空気を取り入れると,その分体積が増し,確実に浮かぶことができます。とても気持ちがいいですし,たのしい体験です。それを十分に感じられるようにしましょう。
頭は,「出し過ぎず,入れすぎず」です。目線はプールの底ですが,「足下ではなくて,ちょっとだけ前の底を見る」感じがよいです。そのまま,前に倒れながら(前に進みながら)脱力すると,上手に浮かべます。試してみてください。
足を前後に開いて立ちます(子どもたちにはわかりやすく「足をチョキ」と伝えます)。前に出ている足と同じ側の手をおばけにして垂らし,後ろにある片足を静かに上げながら前に倒れて,目線はプールのちょっと前の「底」,おへそだけを横に向けて浮かびます。
もう片方の手は,体の近くにくっつけておけばよいです。すると,足がチョキの形になったまま,自然と浮かぶことができます。
この「体を横にした状態で水に浮く」という体験が,クロールの時の「体のひねり」にとても役立ちます。左右どちらもできるようになるとよいでしょう。
また,通常の「おばけ浮き」が怖くてできない,と言っている子も,この「おばけの横浮き」ならできる,という事例が多く見られます。
きっと,片方の足が床に近い状態になっているので,恐怖心が半減するのだと考えられます。いろいろな意味で,必修の課題だといえるでしょう。
この「だるま浮き」は,やり方によって,簡単だったり,難しかったりします。
簡単な方法は,浮かぶより先に,いきなり抱え込んでしまう方法です。だるまになった状態で,一度沈み込みますが,そのうち背中から浮かんでくるでしょう。息をたくさん吸って,止めておくとよいと思います。
難しいのは,はじめに「おばけ浮き」をして,浮かんだ状態から,膝を胸の前に持ってきて抱え込む方法です。浮かんでいる足を持ってくるのは,なかなか難しいので,チャレンジしてみてください。高度な技術が必要です。
注意
手をはなすと足が浮いてしまって,あせってしまうことがあります。そういう時はあせらずに,「膝をもう一度,自分のおなかのところにもってこようとすれば,安全に足を下におろすことができるよ」と伝えておきましょう。
もうひとつ「だるま浮き」から立ちやすくなる方法があります。
それは「視線を変えること」です。「だるま浮き」の姿勢のまま,いままではプールの底を見ていた視線を,顔を上げながら「プールのかべを見る」ように変えてみます。すると,自然と足は下に沈みます。
「顔を上げると,足はしずむ」…これは,水中での「姿勢の法則」です。いろいろな課題で「浮くトレーニング」をするときには,この法則に着目させるとよいでしょう。いざ「泳ぐ」トレーニングを始めるとき,どうしたら足が浮くのかを考えたら,進行方向を見ようと頭を上げてはいけないことがわかると思います。
「息のはき方」ですが,挑戦する前に,しっかり深呼吸をしておき,体中に十分酸素が行き渡った状態を作っておくことがポイントです。
そこからであれば,息をはききった状態でも,数十秒は大丈夫な状況を作れます。息をはききらないと,プールの底に沈んだままでいることは難しいです。
「ぷかぷかじゃんけん」をする前に,「みんなでじゃんけん,じゃんけん,グー!」などと言いながら,グー・チョキ・パーの練習を,それぞれやってからにするとよいと思います。
また,「じゃんけん変身浮き」も,難しくて楽しいです。浮いたままの状態で,グー → チョキ → パーと変身していくのです。
お互いにじゃんけんが見られないので,バディと対決することはできませんが,教師が上で見ていられるので,「多数決勝ちじゃんけん」ができます。「せーの」で自分の好きな「グー」「チョキ」「パー」を出して,多かった手を出した子たちが勝ち,というじゃんけんです。それとは逆に,「少ない手を出した人が勝ち」というじゃんけんもできます。
いろいろと遊んでいるうちに,浮かぶことに慣れていくことができるでしょう。
これも,楽しさの中で「姿勢の大切さ」を意識することができるトレーニングです。「しっかり沈むためには,顔を上げる」,「浮かぶためには,目線を底に」。このポイントを意識することで,上手にスカイダイビングができるでしょう。
「プールの底を見ているのに,足が上がらない」と思うときには,もしかすると,「頭を入れすぎている」という場合があります。顔の真下の底ではなく,自分のおへその真下あたりの底を見てしまっていませんか。
「頭を入れて,プールの底を見ているのに足が上がってこないなぁ」と思ったら,「少しだけ前の方のプールの底」を見るようにしてみてください。上半身がまっすぐになったら,自然と足も一緒に浮かび上がってくるでしょう。
バディの子とスカイダイビングが成功したら,近くのバディの子たちと一緒になって,みんなでスカイダイビングしてみましょう。
コツは2人でやるときと一緒です。見つめ合うと上手に沈むことができ,目線を下にして体を伸ばすと,まるで空を飛んでいるかのように上手に浮かべます。
みんなでやるので,水中での「せーの」の目配せが難しくなります。でも,難しい課題の方が,できたときのうれしさが格別です。
4人でできたら,8人でもやってみましょう。
それ以上でもできるでしょうか?
プールの底に文字を書こうとして,おしりが底に着くぐらい深くもぐっても,名前を全部書き終わる前に,すぐに体が浮かんでしまって,最後まで書けません。ある程度の時間,底に指を着けておくためには,体が逆さまになるくらい,足を上にあげてしまえばよいのです。
そう教えてあげなくても,「どうしたら浮かばないで書けるか考えてごらん」と投げかけてあげるだけでよいと思います。自分で気づいた子は,自然と逆立ちのようになるでしょう。周りの子は,そんな様子を見て,自然と真似しようとします。
「逆立ちしてごらん」だと,ちょっと鼻から水が入りそうで怖い課題のように感じてしまいがちですが,「プールの底に自分の名前を書いてきてごらん」だと,そちらに意識がむいて,自然とできてしまうことがあります。
名前だけではなくて「〈逆立ちできた〉って書いてきて」とか,書いてくる文字を指定しても楽しいです。
プールの底にサインしたり,文字を書くことに慣れてきたら,「両手でプールの底を触っていられる?」とか,「そのまま足を水面から出しちゃえば,逆立ちができちゃうよ。やってみよう!」などと,難しい課題を出してあげると喜びます。
できたときは,大げさに「本当にできちゃった!すごいね!」などと褒めてあげると喜びます。
「ぜったいムリ!」と思っていた子も,隣の子ができると「え?できるのかな?やってみようかな?」と思って,チャレンジしてしまうものです。
ただし,水中で「前方宙返り」をするときは,鼻に水が入りやすいことをあらかじめ伝えておくとよいと思います。「鼻から息を出しながら回れば,鼻に水が入ってこないから痛い思いをしなくてすむよ」とか「怖かったら,最初は鼻をつまんでやるといいよ」などとアドバイスをしてあげるとよいでしょう。痛い思いをしてしまうと,もう二度とやりたくなくなっちゃうこともありますからね。それに耐えられるのは,たのしい感覚を味わったことがある子だけです。
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