天女の妻【胆沢の民話㉜】岩手/民俗
昔一人の百姓があったど。
畑さ稼ぎさ行って、小昼休みだで休んでたれば、そこの松の木さ美しいえしょ(衣装)掛かってた。
手で取って見たれば、今まで見たこともない、うすけくて(薄くて)やっけえ(柔らかい)えしょだ。
これぁきっと天の羽衣に違いないと思って、家さ帰って長持※の一番下の方さ隠してしまった。
※ながもち・・・衣類を入れる木箱。
晩方になったれば美しい女ご来て、着物失くして帰らえなくなったから泊めてくんさい、と言って泊り、そのまま百姓のおかた(妻)になって暮らして居た。
次の年の七日日※に、百姓が墓払いだか何だかで外さ出はり(墓掃除か何かで外出し)、女は虫干し※してたれば、長持の下の方から羽衣が出てきたので、女はそれ着て天さ帰ってしまった。
※七日日・・・なぬかび。七日盆に同じ。七月七日のこと。この日に墓掃除、井戸替え、女の髪洗いなどをする。
※虫干し・・・衣類などを干して、虫やカビを防ぐこと。
百姓ぁ気違いみたいになって、何じょかして天さ上る手立てながえか、と聞いて歩いた。(何とかして天に上る手立てはないだろうか)
或るうんと年取った婆さまに、こえ(馬肥)千駄、だら(人糞)千駄かけて夕顔蒔けば天まで届く、と教えられた。
※駄は馬一頭が背にする荷物を数える単位。千駄はそれほどたくさんということ。
それから何にもしないでこえ千駄、だら千駄集めて夕顔蒔いた。
夕顔はずんが、ずんがおがって(ずんがずんがと大きくなって)天まで伸びた。
毎日ゆすってみて動かなくなったから登ってった。
天じょこ(天上)さ上がったれば、女ぁ機織りしてて、
「何たらよく来てけた。(なんとよく来てくれた)
おれも羽衣めっけた(見つけた)ので、後先考えないで飛んできてしまった。
おやじに羽衣しまわれて行きたくても行かれなくなってしまった。
おれのおやじは天若彦※で鬼のような男だ。」
※あまわかひこ・・・日本神話に出てくる神。
って語ってるうちに、向うの方で山がこっちの方さ動いて来ると思ったれば、おやじが帰ってきたのだと教えた。
天若彦が薪を背負ってきたのだった。
それ下ろしたれば、ズシンとなって地震ゆった(揺れた)ようだった。
天若彦は家さ入ってきて、女がら聞いて、
「おらえの娘の婿になりたいごったら、強くねえばわがね。(おらの家の娘の婿になりたいという事なら、強くなければならない)
強い男ぁ食いぶりでわがる。
この椀で四つ食えば一升餅※だ。
※いっしょうもち・・・一升分の米を使って作った餅。約2kgほどになる。
一升餅も食えねえ奴にぁ娘やらえない。」
って言われた。
男ぁ一升餅など食ったことないから、何じょすべ(どうしよう)と困ったれば、女ぁ椀さ笠っこ伏せて、その上さ餅並べて、如何にも山盛りにしたようにして持ってきた。
そして楽に四杯食った。
「ああ食ったな、今夜は寝ろ。」
って言われた。
次の日ぁ薪取り、
「おれのくらい取らねば、わがねぞ。(俺が取るくらい取らなければいけないぞ)」
って言いつけて、われぁ山さ出はってった。
何じょすべと思ってたれば、女ご来て、
「おやじぁ西の方の山さ行ったがら、東の山さ行って待ってろ。」
と言うので、東の方の山さ行ってたれば、女ごぁ天狗達さ頼んで薪取って、天若彦ぁまだ帰らないうちに、家の近くへ持ってきて山のように積んで置いた。
天若彦は夕方、昨日のように薪を山のように背負ってきたが、その倍も薪が積まってあるから、
「ほほう。これぁ見たようでなく、強い男だが知れない。(見た目と違って、強い男かもしれない)」
と思った。
次の日になったれば、
「瓜を百かます※取ってこお(こい)。
※かます(叺、蒲簀)・・・わらのむしろを二つ折りにし、縄で縛って袋状にした物。昔は単位としても使った。
畑だって古い畑使ってぁなんねえ。
新しく作った畑さ蒔いで、三日のうちに持ってこお。」
と言われた。
男ぁ鍬(くわ)持って出はって、古い畑え過ぎて、山かげの野っこさ行って、先づ畑作りはじめだども、えらくなって(疲れて)休んでるうちに、そのまま寝入ってしまった。
そのうちに、女ごぁまた天狗達呼ばってきて、たちまちのうちに畑作って、瓜の種蒔いてしまった。
男をゆり起こして、
「あしたになると瓜ぁなるども、その瓜ぁ本当に天じょこの人(天上の人)になったものしか食われないのだから、お前は食うなよ。」
って帰った。
男ぁすっかり目ぁ醒めて見たれば、畑いっぱい瓜ぁなって、見でるうちに、うんできた(熟してきた)。
男ぁ腹ぁ減ってるし、目の前にうまそうな瓜あるし、昨日、夢半分のうちに食うなって言われたことを忘れて食ったれば、そのまま死んでしまった。
天若彦は娘さ、
「今日、男ぁ瓜持ってきたら、にっしぁ(お前たち、二者?)ひとつになってもええ。」
って許した。
女ごぁ喜んで、早く晩方なればええと思って、男の帰ってくるのを待ってだども、なかなか来ないので、畑まで行って見たれば、男ぁ死んでだので泣いて泣いて、しまいにぁ息切れて、ケーッ、ケーッて泣いてたが、ケーッ、ケーッて叫びながら鶴になってしまったとや。
ドンドハライ。