砂時計みたいに歌う散文。
十七時を回った瞬間、タイヤも急くように回っていた。
太陽が私たちの足の下までじりじり落ちていく。この黄金色に感じる寂しさと懐かしさは、きっと一生消えることはないのだと思う。これは、子供時代が楽しかった証なのでしょうから、こちらから頭を下げてでも一生消えないでほしい感覚。
夜が明けたら
浅川マキの歌声が車内の空気を震わせている。こんなに美しい夕暮れ前に、絶妙に溶け合わない歌詞。けれども曲を変えたいと思えないのは、彼女の歌声が私の心にだけ溶けてくれているからだ。
夜が明けたら
黄金の膜が世界に張り付いている。影になっているアスファルトはハサミで切り取られた跡のように見え、この世界もやはり誰かが造った幻想世界、もしくは折り紙で作られたのではないか、と目眩がしそうなくらい美しい。
夜が明けたら
幻覚とも言えそうな感性を胸に仕舞い、ハンドルを握り直す。
三十分ほど前に書店で買った本を助手席に、目的地の喫茶店へ向かっている。三冊の本が揺れるたびに、五円で買った袋が楽しそうにシャカシャカ鳴る。待っていて、もうすぐ私の学と睨めっこよ。
夜が明けたら
ほとんど吐息の声で歌を重ねてみる。まだまだ私の技量では浮いてしまって、自分の歌声だけマイクに乗ったみたいに大きく聞こえて気恥ずかしい。山の頭にある三角帽子のような雲を吹き飛ばすくらいの息で、もう一度、夜が明けたら。
もし、瞼を閉じて、薄い光も通さないように両手で両目を塞ぎ、同じ曲を聴いていたら私ひとりだけ夜にいる、そんな贅沢を味わえたかしら。
私は、この目に負けた。
太陽と山の距離が今日の残りだ。夜は明日のことばかりで勿体無い時間になることが多い。もはや、今日の残りだ。
喫茶店で二時間半くらい座っていた。肩を回して背筋を剃らせ、ふと窓を見やると待ち焦がれた夜になっていた。走る車、反対にある店、信号機、夜を縁取っている店内、夜の光が名残惜しそうに一日を照らしている。
右斜前に座っていた大学生らしい男女は気付けばいなくなっていて、綺麗に完食された跡だけになっていた。彼らとは他人でしかないのに、独りになったと知った瞬間の心細さは一体なんだろう。この感情は探そうとしないでおこう。
車内はいっそう静けさに満ちており、エンジン音が終わりのチャイムのように感じた。
スマホの画面は私を待っていたようだ。三時間前と同じプレイリストが親指を見ている。
「夜が明けたら」