帰りたくなったよ
さて、今回は前回の続きから、この地獄から帰るまでを書きたいと思います。
もし興味があれば、一周目も見て頂けると幸いです。
まるで故郷に帰りたいのようなタイトルですが、このニュルブルクリンク24時間耐久(以下ニュルと省略)には実は延長戦があります。
帰るまでが遠足だ
よく小学校で帰るまでが遠足だのような呪言を聞いた覚えのある方はたくさんいると思いますが、これはこのイベントにも言えます。
というのも約二泊三日のキャンプをするニュルの参加者は必然的に車での参加となるためです。
今回参加したTeam639の面々は車で来ている方が9割です。と言ってもその1割は私だけですが……そのため、必然的にニュルが終わった後も自宅まで眠りまなこを限界まで擦りながら運転することとなります。他の参加者は北はイギリス、南はスイスからイタリアまでと尋常ではないほど遠方から来る方もいらっしゃいます。
24時間耐久という性質上、あまりぐっすりと眠れないのに加えて、体の疲労も蓄積されます。そのせいもあって、延長線というのはニュルブルクリンクから家まで”無事故で帰る”というものです。
さて、あと6周もあるのかと絶望した続きです。
1周目は51分で一周することができ、目標の55分よりも4分早く周回できた形となります。
実を言うとこの時点で既に脚は疲れており、全力で走れるのはせいぜいあと3周が関の山だろうと踏んでいました。それと同時に徐々に睡魔にも襲われます。
さて、出走についてですが、
出走順としては3周目までは1-2-3-4番手とローテーションをしていきますが、4、5周目に関しては全員の睡眠休憩のために二周連続で走ります。自分は4番手で走るため、出走は15時(1周目)、19時(二周目)、23時(3周目)、7時(4・5周目)となりました。
そのため、必然的に3周目が終わるまで纏まって睡眠をとることはできません。それを見越してか、冷蔵庫にはレッドブルが何本かあるようです。二周目を終えたら、2本減っていました。誰が飲んだのでしょうか……
二周目のバトンが渡ってきた
二周目が始まりました。ただただものすごく嫌です。
拠点から出発して早々に忘れ物に気づきます。
あ、やる気、忘れてきちゃった
時既に遅しとはこのことで、もう戻ることはできず、この忘れ物を掴むことができるのは無事に拠点に戻ってきてからです。
ちなみにこれから走る残りの周回でもやる気を拠点に忘れていきます。
ただ、やる気を失っているのは私だけではありません。
少しメタい話になりますが、出走開始から5、6時間くらいはこの写真を提供してくれる会社の人たちはまだまだやる気があるのですが、この時間くらいからだんだんと萎れるようにポケ〜っとしてます。
まぁ、そりゃ淡々と炎天下の中、自転車を撮ってるだけだと眠くもなりますし、疲れます。そのため、4人チームの三周目以降は写真数も少なくなっていくのでなるべく1、2周目に好きなジャージを着て、見栄張った走り方で行くことをお勧めします。
一周目の反省を生かして、下りから登りに転調するところでは、下っている最中もアウタートップ、一番重いギアで速度を上げて坂を惰性で登れるように準備をします。自分は必死に漕いでいるのに、自分よりも体重が重い人は同じ速度で漕がずに下れるのは羨ましい限りですが、登りではこっちに軍配が上がるので良しとします。
やはり、上のカーブの写真をパッと見ると、転ぶ1秒前の写真のように見えるのが面白いですね。ちなみにここはあんまりカーブはキツくないので車体を倒していないですが、一番きついところでは体感45度くらいまで倒しているイメージです。本当はそこで写真を撮ってもらいたいのですが、カーブがきついところは危ないのでしょうがないです……
登り区間に突入
登りの途中まで横のミックスベジタブルみたいな服を着たおじさんと喋りながら走っていたところ、奥さんが日本人らしいことが発覚。
意外と世の中狭いもんですね。
ここでは一定のテンポでペダルを漕いで、下りがあるところでは加速して惰性で登り切るのに力を入れることに。
向かい風の直線区間のアウディストレートではうまく隊列を作ることができ、無事に拠点に帰宅。
二周目は53分でゴール
それぞれのギアに対してどのくらいの力で踏んだかの指標であるWはかなり横ばいとなっており、坂や平地などの走行場面に適切な力で踏めていることがわかります。
それでもやはり疲れが残っているため、2分タイムが落ちることに。
と言っても目標の55分よりは速いため、お咎めなしということで……
三周目までの残り時間に、今回デュッセルドルフでマッサージを専門に従事されている方に、背術してもらうことに。
正直かなり体が軽くなりました。基本的にそういうものはまやかしだと思っていた自分ですが、考えを改めることになります。
これに加えて、一緒に走っているKさんからBCAAのお試しを貰います。これは三周目の途中に気づきますが、疲労度軽減にかなり繋がりました。
三周目のスタートまで知人の一眼レフカメラをくすねて夜景を撮ることに。
同時に自身の持つ携帯でも取れるのかなど割と遊びながらリラックスした状態で待っていました。
さぁ、夜に突入。三周目スタート
暗かったため、今回もやる気を忘れてしまいましたが、出走です。
自分は目が悪く、乱視もあるためここではスポーツゴーグルとか洒落たものではなく、ここからはただのメガネで参戦します。JINSで買ったメガネでもニュルは走れます。
夜装備に関してですが、リアライトが必須でフロントはいらないと言われていますが、どっちも必要です。ほぼほぼ何も見えないため、照明のないトンネルに高速度で突っ込まれるもんだと思ってください。
そのため、リアライトはO Lightの3時間くらいは光るやつ、フロントはキャッツアイの800lm(ルーメン)で3時間は確実に充電が切れないものをチョイス。
某KeimasaさんはO Lightの1500lmを使っていますが、バッテリと一体型であったり、軽さのあるVolt 800Neoの800lmくらいがちょうど良いです。
道中は既に2周走っているため、特にコース自体は分かるのですが、下りに関しては中々にスリルのあるものです。
3周目の下りは平均3km/hほど遅かったです。多分この下りが体感一番速かった気がします。
さて、下りが終わったら上りです。登りは必然的に遅いため、雁坂トンネルの渋滞みたいに赤ランプが連なっています。結構、綺麗なものではありますが、登りには代わりありません。諦めて登っていると後ろからなんか声が聞こえます。
左から抜くよ!
と言い、仲間と喋りながらダンシングで登っていく集団が来ます。
自分は23km/hで走っている中追い越して行くため、恐らく27km/h以上は出ていたでしょう。
何故こんなに楽しく喋りながら、登れるのか。
頭のネジから筋肉まですべてトチ狂ってるのではないかと疑います。
実際に最終結果で一周平均40km/hで走ってるチームも存在しており、恐らくその一角を覗いた瞬間だったと思います。
ちなみにその人達が乗っている自転車はCanyonのエアロードにARC8のEscapee DBです。
どちらも山登り用の自転車ではないものの、ニュルというステージにおいてはエアロロードのほうが速いんですかね。
ちなみに個人的にはこのARC8のエアロードはかなり次の自転車の候補として考えてます。
さて、話は逸れましたが、暗いながらも周りのリアライトのお陰もあり、無事に3周目終了です。
次の周回のために仮眠!
帰ったらカップラーメンを啜りながら、早く寝れるようにビールを飲んで、明日の4.5周に備えてテントに飛び込みます。
ビールのお陰かぐっすりは眠れたものの、ガーミン(睡眠計測も出来る時計)からある一言が言い渡されます。
睡眠が短く、今日は非常に疲れていると感じる可能性があります。
知ってます!!!
もう起き上がると瞼が重く、二度寝もしたいし、脚も疲れててこのまま2周連続なんて走れるわけ無いやん!
もう仕方がないので、出走までの残りの30分は準備体操とマッサージ、朝ごはんを済ませることにします。
鬼門の4.5周目がスタート
眠り眼を擦りながら出走開始です。もう日は出ているため、ライトも要らず、すっきりとした気持ちの良い朝です。ただ、そんなポジティブな雰囲気とは裏腹に、自身は何故自転車で走らないといけないのかなどと不貞腐れながらブツブツと小言を云いながら、下り区間に向かって脚を動かし続けます。
4!
4周目は特に問題はなく、気持ちいい朝のニュルを爆走しながら走るだけでした。流石に明るく、コースにも慣れてきたため、身体への負担は少なく、2週目も割と行けるのでは?……と淡い期待を抱きます。とはいえ、1時間かかったのは少し悔しいものの一先ず1周回目終了。
5!
5周目の下りが終わり、少し登ったところで4周目に比べて脚にうまく力が入らないことに気づき始めます。
一周あたり平均700kcal消費するのに対して、朝ごはんのカロリーは700kcalにも達しておらず、ハンガーノック手前に差し掛かっていました。
昨夜に食べたカップヌードルで補完と考えていましたが、よくよく考えると寝るときにもカロリーは消費するため貯金など出来るほど自身の身体にはカロリーは残ってませんでした。
そんなガス欠の自分の身体を酷使して、最後の坂を登ります。
この坂を超えたら補給所があるため、もう身体に慈悲など与えません。鞭を奮い、坂を登りきったときの達成感は中々なものですが、それを超えるほどの空腹感に襲われます。
エイド(補給所)の所ではソーセージ、ワッフル、オレンジなどの食料に加えて、コーラやスポーツ飲料のようなものがあります。
補給所では毎度のことオレンジを一個丸々食べ、ワッフルをハムスターの如く詰め込む自分ですが、今回も例に漏れず同じ行為をします。
お陰か、エイドでお手伝いしている子供に引かれながら、無言でコーラを渡されます。
どうでも良いかもしれませんが、日本人の子供よりも顔の表現の幅はこっちの子供のほうが豊かなため、中々に良い表情をしてくれます。
ワッフルで口がパサパサな自分にとってはありがたいですが、少し大人げがなかったと反省しています。
さて、無くなりかけてた燃料を補充したらスタートです。
スタートをしようとしたとき、同じ639の別のチームの人が自分を抜き去ります。
待って、ここに何分間滞在してたの?!?!?
ここで気づきますが、なかなか時間を補給所で過ごしてた事に気づきます。
ここでは死物狂いでこの人を追い越そうと画策します。
この人はMTBをメインにやっているため、登りが速くかなり骨が折れます。
無事にストレート区間に入る前のアップダウンで抜かすことができ、後ろで頑張れー!と大声で応援してくれました。
これに応えたいところではありますが、もうすでに下りに突入しており、50km/hを越しているため片手を離して手を振ることも出来ないので、少し申し訳ない気がしますが、速くこの周を終えて休みたいため先を急ぎます。
ここでラストのストレートからホームストレートまではトレイン(隊列)に参加することもでき、5周目は1時間5分で終了。
お疲れ様!!
第一走者の人に労ってもらい、バトンを渡そうとしました。
実はね……走るか迷っているんだ
実は自分が走っている間にニュルの運営から悪天候のため、気を付けてくださいとアナウンスがあったようです。実際に雨雲レーダーにもそんな感じの情報があります。ただ、ドイツの天気予報、とりわけ雨雲レーダーは信じられません。本当に天気予報が当たりません。
少し相談をして走ることにします。雨が降っている際、自分のホイールはブレーキが効かない可能性があるなど目標周回数等を吟味します。
相談の結果、重い腰を上げて、第一走者が走り出します。
ただしこの時点で私の脚は既に生まれたての子鹿のように使い物にならず、メンタル的にもこれ以上は走りたくないと思っていました。
ただ、このままでは18周で終わってしまうため、当初の目標とは10周もの差が生まれてしまいます。中盤から1周につき1時間のペースで周回していたためにこの目標は達成不可能なのは明白でしたが、やはり意地というものがあります。
そこでやれるところまでもがくことにします。
最後の周回は自分が3番手になるなどの作戦を考えていましたが、内心ではは正直嫌でした。
2番手にバトンが渡り、この人がいつ帰ってくるかによって決める事にします。
そしたら隣のイギリスから車で来たおじさんが戻ってきました。
レースは中断、クラッシュが起きたってよ
どうやらかなり大きい事故のようで、ヘリコプターがその後飛び立ちます。
後に知った事ですが、ドイツの新聞でもこの事故について取り上げられていました。
最後の最後に締まらない終わり方、且つ自転車レースというものの危険性を再認識しました。
ひとまずレース終了!帰るぞ!!
最後にメダルを受け取り、記念撮影をして全員帰路に着きます。
ニュルへの行きは登り基調であったため、帰りはほぼ下りです。もうすでに自転車を漕ぐ気力はないですが、駅まで行かないと帰れないので諦めてペダルを踏み込むことに。
駅到着!!
途中元気なニュル参加者に自転車で抜かれましたが、この駅には居ませんでした。この理由は後で知る事になります。
電車が来た、あとは乗れば家に着く……
そう思った矢先、アナウンスが聞こえます。
この電車はこのMayer Ostで運転打ち切りになります。
?!?!?!?!?!?!?
打ち切り?!?!
運転士に聞いたところ、この先の線路は通れないとのことで、後続の電車もこの駅よりも東には行かないとのことです。
途中、抜かされたニュル参加者はもう既にこのことを知っていたので、Monreal駅にはいなかったのでしょう。
この日は日曜日。そのせいもあり、Mayer Ostからバスでコブレンツ方面にも向かうことはできません。
結果、またもや自転車にまたがることに……
Kobelnzの近くのAndernach駅まで向かうことに。
これまた下り基調のため、どうにか駅に辿り着くことができました。
まぁ、Google Mapで道の検索したため、途中自転車で走れなさそうな道だったり、謎の右左折だったりと少し無駄なことをしましたが……
この駅ではニュルの参加者の人と会う事になりました。その人もMeyerで降ろされて、自走で来た被害者でした。
しかもすごいのはこれからライプツィッヒに帰るとのことですが、乗るはずの電車は3時間遅れとのことです。本当に帰るまで油断ならないものです。
ひとまず、コブレンツで乗り換えしてカールスルーエまで
そう、この骨董品のような電車が来ました。
この骨董品の電車の良いところは、コブレンツからカールスルーエまでは大抵Mainzなどで乗り換えとなりますが、乗り換えなしでカールスルーエまで行けるというかなりありがたい電車です。
ただし、この運用の悪いところは一部が非電化区間故にディーゼル機関車の運用だからなのか、なぜかエアコンが動いていません。
暑いです、ものすごく暑く、寝ようにも寝苦しい車内です。
そのため飲み物も空になり、カールスルーエで買うことに。
本当は水は高すぎて買いたくありませんが背に腹は変えられません。
日曜日はスーパーはやっておらず、駅ナカのキオスクは異常に高く、ファンタオレンジの500mlmで3ユーロほどです。日本円に換算すると500円です。
なんか完全に騙された気分です。
さて、カールスルーエに着いたらフライブルクまでは一本。1時間半ほど電車に揺られて、到着。
あとは家まで12kmを自転車で走ります。
本当にこのニュルは本番中もそうですが、道中もなかなかに自転車に乗っているなと思いながら、無事に家に到着しました。
さて、長々と書きましたが、今となってはこの辛い記憶も薄れたのか、来年も参加したいなと思うほどです。人間恐ろしいものです。
いずれにしても、やはり悔しいものもあるのでリベンジしたいものです。
さて、ここまで読んでいただきありがとうございました。
では、またの機会に