見出し画像

あなたのジェンダーバイアスはどこから


もうすぐ3歳になる娘は「バーバパパ」の絵本が大好きだ。
毎晩、擦り切れるんじゃないかという勢いで繰り返し読んでいる。というか、読まされている。バーバ兄弟はもとより、登場するサブキャラの人間の名前まで全員覚えるくらいには娘はバーバの世界に入れ上げている。

しかし、ひとつだけ気になることがある。言うまでもないことだが、バーバパパはピンク色、バーバママは黒色なのだが、娘はその二人を断固として取り違えるのだ。
ピンク色の個体を指して「バーバママ!」、黒色の個体を指して「バーバパパ!」……。その度に「黒がバーバママで、ピンクがバーバパパだよ」と教えるのだが、何度訂正しても次の日には元に戻っている。

そこで「なぜ、そう思うのか」と尋ねてみた。すると娘は至極真面目な顔で答えた。「だって、ピンクは女の子の色でしょう?」

……え?

衝撃だった。なぜなら私は娘がこの世に生を受けた瞬間、いやまだ子宮にいる段階から「娘にだけは無駄なジェンダーバイアスを刷り込ませないぞ」と闘志を燃やしていたからである。服はできるだけニュートラルな色合いのものを選び、おもちゃも、育児グッズも過度に「女の子らしい」「男の子らしい」デザインのものは避けてきたし、「女の子だから◯◯」「男の子だから◯◯」と言う言説は一回もしたことがない。今時の親はジェンダーに敏感なので、保育園だって「女の子は女の子らしく」とか「男の子は男の子らしく」とか教えない。娘が一番好きな色は青だし、周りの女児の間で流行っている色はラベンダーである。

なのに、何故、どこで、どうして。

まだ世界を理解し始めたばかりの2歳児の小さな脳に、すでに「ピンク=女の子」という公式が組み込まれていることがショックでならない。

かつて、母親業の先輩である9歳の男の子を持つ女性が「ジェンダー観って副流煙みたいなもんだから。アンパンマンは1匹見つけたら200匹はいると思った方がいいけど、それよりあっけなく子供の世界に入り込んでくるから。やなせワールドよりも簡単に子供は染まるよ」と言っていたけれど、本当にその通りだった。
恐るべし、副流煙。じゃないジェンダー観。アンパンマンよりディズニーよりも巧みに子供の心に忍び込んで、あっという間に染めてしまうのね。

私は一縷の望みを託して問いかけた。
「娘ちゃんは何色が好きなの?」
「青」
「じゃあ、娘ちゃんは女の子?男の子?」
「女の子」
「そうだよね。もし『ピンクが女の子の色』だったら、青が好きな娘ちゃんは男の子ってことになる?」
「うん。娘ちゃんは男の子」


……。



私は諦めながら言った。
「色に、男も女もない」と。おそらく彼女は理解していないだろう。一度出来上がった思い込みを崩すのは難しい。きっと多くの親は訂正し続けるのが面倒くさくなり、受け流しているうちに古いバイアスが再生産されてゆくのだろう。

きっと私も子供の頃からこんなふうに社会の中に醸成されたジェンダーバイアスに染まってきたんだろうな、と娘を見ながら思う。
子育てをしていると、こうした個人の価値観が強固に完成する前、まだゆるい編み地だった頃の最初の糸口を目にすることがあり、ハッとする。「人間が出来上がる過程」を見るのは楽しい。内省と他者観察の反復作業。誤解を恐れずに言えば、これが子育ての醍醐味なんじゃないかとすら思う。

娘が一人の人間として独自の価値観を編み上げてゆく、その過程を見守るのは面白くもあり、衝撃的でもある。多分、私にも娘と同じように、今の価値観を編み上げる最初のすくい目があったのだろう。ショックと面白味の両方を味わえることに喜びつつ、彼女が自分で自分を苦しくさせないような、また他人を苦しくさせないような、つまり、呪いにならないような価値観を編み上げていってほしいと願うばかりである。


いいなと思ったら応援しよう!

小野美由紀
ありがとうございます。

この記事が参加している募集