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『仕事。』読書感想文

ふらっと立ち寄った上野のブックカフェで、表紙のわざとらしいほどにでかい句読点と、錚々たるクリエイターの並びに惹かれて手に取ったのがこの本と出会ったきっかけ。

そして、立ち読みで前書きを読んで、久々に衝動買いしてしまった。

それは、この文を読んだからである。

仕事に丸をつけて肯定し、人生を楽しくするために働く。それが「仕事。」だ。

p.6

「。」に違和感を持ったのは間違ってなかったのかという答え合わせと、転職をしたことで、丁度キャリアについて今一度考え直しているタイミングでの出会いに、何か運命的なものを感じたのだと思う。

この本は、川村元気さんと各界のトップクリエイター12名の対談集である。

まず、小説やエッセイを読むことはあっても、対談集という形式の読み物は雑誌以外で初めて読んだため、読み心地が新鮮だった。

そして肝心の内容も、買った勢いそのままにブックカフェで一気読みしてしまうくらい面白かった。

そもそも、川村元気さん自体が私の青春期ど真ん中エンタメのほぼ全ての生みの親であり、そんな人がエンタメ各界の重鎮と対話しているのだ。

当たり前のように金言の連続で、読んでいて忙しかった。

12人の先駆者達の言葉が重いのは当たり前だけど、対談を通して強く感じたのは、それを引き出す川村さんのインタビュアーとしての才能が凄まじいということ。

付け焼き刃では到底通用しない相手に対し、「クリエイターとしての深い理解とリスペクト」がないと出てこない質問を適切にぶつけることで、先達のクリティカルな返答を引き出し続けていた。

そのおかげで、頭からケツまで読み応えしかない対談だった。

特に印象に残った3名をピックアップしたい。

①秋元康

人の嫉妬はエネルギーになるんだ。…(中略)…ある程度の仕事をしている人は、誰だって陰でいろいろ言われてるんだよ。だから、中傷でもなんでも全部受け止めて、何かの仕事で完全にオセロをひっくり返すまで闘うしかないわけ。

p.108

秋元康さんの対談は、終始今まで成し遂げてきたことへの自信と、その余裕から生み出されるユーモアで溢れていた。

対談を読み終えた時、きっと何度もオセロをひっくり返してきた人だからこそ、その瞬間の快感が堪らなくて今も創作を続けているのだろうな、と思った。

確かに、中高時代や社会人になってからも、無理だと笑われたことを、コソ練でできるようにして鼻を明かしてやった時の快感は忘れられない。

それを秋元さんは、日本国民相手にやり続けてるのだから、どれほどのアドレナリン出るのだろうと想像するとワクワクした。

自分はいちいち周りの評価が気になりすぎる小心者である。
そのため、人の敵意を受け止められる器と跳ね返せる度胸なんて全く持ち合わせていない。
そして、緊張しいなので、気性的に大ピンチと同じくらい大チャンスも苦手である。

だからこそ、オセロの駒を一つずつひっくり返すような細々とした成功体験を積んでいき、その先に盤面全部を真っ白にするような人生が描けたらなぁ、とぼんやり思った。

そして、様々なラジオで秋元さんと親交のある方々が度々言及されるのだが、秋元康さんは今でもとんでもない量のインプットを続けているらしい。

ずっとそれが不思議でしょうがなかったのだが、その点について川村さんが質問した際、返ってきた答えは

寝なければいいんだよ

p.113

だった。

そこで、単純に殴られたような感覚があった。
そりゃそうだよなぁ。
何かしたいなら、シンプルに向き合う時間を増やすしかないよなぁ。
寝る間も惜しんで注ぎ込んだ情熱こそが、創作の原点なんだろうなとハッとさせられた。

AKBが当たればアイドルの話、『川の流れのように』が当たれば演歌の話ばかりが来る。つまり、秋元康にこんなことを見せたら面白い、なんてことを考えてくれる人は誰もいない。

p.116

この発言に、クリエイターなら周り発信ではなく自分発信で仕掛けていくことが大事であるという教訓めいたものが詰まっていると感じた。

一度成功すると、自分自身も同じメソッドで成功を積み上げたくなるし、周りもそれを期待する。
でも、そこには楽しさもなければやりがいも発生しない。

だからこそ、成功体験から何を学んで、どうそれに「しがみつかないか」が重要になるのだろう。

それに続く流れの中で、こうも語っていた。

いかに負けるかも大事。
人生は間違えてしまうもの。
だから、間違った道を行っても、戻ってくる力さえ磨いてさえおけばいい。
何度でも甦ってきて、たまに「やっぱりアイツの右ストレートはすごい」って仕事をするやつが、最もクリエイティブだよね。

p.118(途中、中略あり)

言い方は違うが、「自分の選んだ道を正解にするしかない」と同趣旨の言葉だと思った。

人生にたらればはないので、上手くいかなかった過去を嘆いても意味がない。

そして、大抵のことは昔の苦労も乗り越えれば「今の自分に必要な経験だったな」と割り切ることができる。

その回顧をした時の満足度を高めていく作業が人生だと思っているので、改めて後悔ないように生きたいと思った。

②谷川俊太郎

いい詩を書くより、家族と一緒にきちんと生活するほうが大事な人間だったんですよ

p.195

驚いたのだが、昔は「純粋詩」という考え方が存在し、「商業誌に寄稿するなんて何事だ」という風潮があったらしい。

だが彼はその後ろ指を躱し続け、様々なジャンルの創作を続けた。

その結果、デビューから50年以上後に産まれた私でさえ知っているような「詩」というジャンルの第一人者になったのである。

そのしなやかで折れない自己実現の歴史に、痺れるほどのかっこよさを感じた。

よく芸術と商業的成功は相反しがちに思われるが、結局は両輪の関係なんだと改めて学んだ。

感性がないといいものは生み出せないけど、現実問題として続けるには生活をしていかなければならないわけで。

現実を具に見た上で、それでも鈍らない感性を持つことこそが、本物たる条件なんだろうなと思った。

だから、他者が必要だってことを僕は詩を書くことを通して知ったところもあって、お金が入ることで他者に受け入れられているという感覚がずっとありました。

p.196

これは、初めてのアルバイト代が振り込まれた時、初任給をもらった時、初めてのボーナスが出た時など、似たような感覚を味わったことがある。

社会に貢献することで現物としての対価が払われ、「社会にいていいよ」と言われるような安心感。帰属意識。

ただ、創作活動は制作のプロセスにおいて他者の介入が少ないため、より社会に貢献できた実感を得づらい感じがしてしまう。

だから、お金がという実態を持った数字が、初任給とかよりもっと強い安心感に繋がったのだろうなと思った。

対談の最後に「コレクティブアンコンシャス」という言葉が出てくる。

これは、集合的無意識と訳され、人間の深層心理に普遍的に存在する、個人の経験を超越した共有領域を指す言葉らしい。

これを読んだ時、谷川氏からその言葉が出てくることに、非常に納得してしまった。

中高時代、教科書で「二十億光年の孤独」を扱った際に感じた「人類全体を見透かしてるのではないか?」という怖さと、なぜか同居している人間としての温度に、不思議な感覚に陥ったことを思い出したからだ。

タイトルを見た際、思索が身近な視点から宇宙にまで普遍的に広がっていく感じがして、何てぴったりな主題なんだろうと感銘を受けた記憶がある。

だから、谷川氏が人類を俯瞰したようなを視点を意識して創作していることに、妙に納得してしまったのである。

すごい読み応えだった。

③坂本龍一

坂本龍一さんは、言葉というよりエピソードに度肝を抜かれた。

坂本氏が作る音楽にあまり造詣が深くないため、有名なエピソードでさえ、新鮮に驚けたという部分は否めないが。

例えば、坂本龍一さんは、『戦場のメリークリスマス』の出演オファーを受けた際、音楽もやらせてほしいという交換条件を出したらしい。

その勢いと自信、そしてそれをモノにする実力が心底羨ましい。
そしてちゃんと読むと、実はその自信は、きちんとした映画音楽の研究に裏打ちされている、ということも分かった。

また、『ラストエンペラー』は1週間前に急遽出演オファーが来たため、決まっていた全ての仕事をキャンセルして撮影に向かったらしい。

更に、劇中の音楽も「来週までに作れ」という無理難題をこなした上で、アカデミー賞の作曲賞を受賞したのだそうだ。

つくづく成功者には、チャンスが来た時に飛び込める度胸と、自分は絶対にできるという自信・自己陶酔が共通しているなと思う。

確かに、時間かければかけるだけクオリティが上がるわけじゃないのは、今までの経験で何となくわかっている。

そして、明確な期限が近日中にある時、人はケツに火が付いて、高パフォーマンスを出せるのだということも知っている。

だから、何かする時は時間かけるより、明確な期限決めて動き出すのが正解なんだなと再認識できた。

この対談を読んで、私の中で坂本龍一さんが「何となく知っているすごい人」から「明確にすごい人」へと変わった。

しかし、その魅力に気づいた時には、もうこの世を去られているという事実が本当に悔しい。

改めて、いろんなエンタメへの感度を高めておかないと、いつ作品が享受できなくなるかわからないと思った。

「推しは推せる時に推せ」じゃないが、いいエンタメを逃したくないなと再確認した。

④読後感

誰もが、自分なりの方法を見つけ、その壁を乗り越えていた。
経験や失敗から自分の信念を導き出して、仕事を「仕事。」にしていたのだ。

p.276

スラムダンクに準えながら書かれた「あとがき」も、12人とのその後について上手に言及しながら書かれている文庫版の「あとがきのあとがき」も、どちらも素敵な文章だった。

転職してやっと仕事に慣れてきたから今だからこそ、帯を締めなおしたい。
タスクを無感動にこなすだけでなく、自分の中で発見や経験を積み上げていきたいと改めて思えた。

まだ社会人になりたてだけど、誇りと自信を持てるような「仕事。」を続けることで、いつか川村さんのように素敵な「仕事。仲間」に囲まれるような将来にしたいと思った。

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