調性と音律の関係

カラオケでキーが高くて、あるいは低くて歌えない時は皆さんどうするだろうか。おそらく、歌えるところまでキーを上げ下げするだろう。ところが、ピタゴラス音律には越えられない壁があるから自由に転調できない。それどころか純正律は使える調自体が少ない。

いや、電気的に変更してしまえばなんとでもなるのだが、ピアノなどの物理的な物体の場合、一度調律してしまうと演奏中に調律を変更することはできない。平均律は指数・対数の数学的な発展があってこその音律だが、この不便さを解消しようという工夫はもちろんそれ以前から存在していた。

ピタゴラス長3度と純正長3度の差をシントニックコンマと呼んで22セントなのであった。純正律でハ長調に調律すると、D-A間がシントニックコンマだけ狭くなり、5度がハモらなくなる原因になるのであった。

そこで、シントニックコンマを、五度圏で3度を作っている4個の5度にばら撒いてしまえば、つまり、すべての5度を22/4=5.5セントずつ狭くすれば、すべての5度がちょっとハモらなくなる代わりに極端にひどい5度はなくなる(越えられない壁は減6度であって5度ではない)。

すべての5度が同じ幅になるので、ピタゴラス音律と同じように全音(長2度)はひとつだけになる。この全音は大全音より狭く、小全音より広いので中全音(meantone)と呼ばれる。すべての長2度が中全音からできているので、この音律は中全音律と呼ばれる。

ピタゴラス音律が完全5度がすべて純正で、純正な長3度がひとつもないのに対し、中全音律は長3度がすべて純正で、純正な完全5度がひとつもない。使える調はピタゴラス音律と同じになる。

面白いのはここからである。

もし、ピタゴラス音律の長3度、つまり完全5度4個を中全音律の長3度と取り替えたらどうなるか。ピタゴラス音律で五度圏を一周回るとピタゴラスコンマ(約24セント)だけ余るのであった。ところが、長3度をひとつ入れ替えるとシントニックコンマ(約22セント)だけ狭くなるので、余りが約2セントまで縮まる

この2セントのことをスキスマと呼ぶ。スキスマをどう扱うかは色々あり、どこか1カ所に集めてしまう方法もあれば、8個の純正完全5度に散らす方法もある。散らした場合、ひとつあたり0.25セントになる。これは周波数比で0.014%であり、ト音記号の上に飛び出したA(880Hz)でも1回うなるのに8秒かかる計算になる。

入れ替える5度の場所やスキスマの扱い方はキルンベルガーさんやベルクマイスターさんといった人たちが色々と考えているのだが、とりあえずC-G-D-A-Eの4つの5度を入れ替えたとしよう。

そうするとドレミとソラは中全音になり、ドミは純正長3度になる。ハ長調の終和音は中全音律のそれになるわけだ。ところが、転調してシャープが徐々に増えていくと、徐々に長3度が広くなり、完全な中全音が減って大全音が増えていき、シャープが4個付いてホ長調になると全音階は完全にピタゴラス音律になってしまう

つまり、昔はキーが高いからといって自由に転調ができなかっただけでなく、転調すると音律が変わって旋律や和音の聞こえ方が、言い換えれば転調すると同じ長調でも曲の雰囲気が変わっていたのである。

平均律では原理的にこのようなことはなく、曲の雰囲気という意味では転調した度数が支配的で、例えばハ長調から短3度下のイ長調に転調すると黄昏が似合いそうな雰囲気になるが、昔は実際に音律が変わっていた。

まぁ、作曲者がどれくらい意識していたとか、実際にどう聞こえるかとかは、その時代の人ではないので分からないのであるが。


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