雑記27 囲碁、井山裕太さんの話、投了しないこと、ヒカルの碁
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数年前に、囲碁の棋士の井山裕太さんのインタビュー記事を読んでとても面白いと思った。
特に印象に残っているのは、「棋譜を汚すことを避けない」という意味の話である。
今も、井山さんが当時語った話と同じ考えを持ち続けているのかはわからない。
また、囲碁界の雰囲気や主流な考え方が、その後変化があるかどうか、自分にはわからない。
日本の囲碁の世界だと、試合がある程度以上進むと、「自分の勝ちだな」とか、「自分にはもう、どう考えても勝ち目がない」といった見当がつくことがあるらしい。
上級者同士の対局だと、負けがもう見えている状況になったら、その時点で 「ありません。」と 敗戦を認めることが潔いとされているようである。
負けがみえているのに、ダラダラと勝負を引き延ばすのは、潔くないとされ、「棋譜を汚す」と言う言葉が使われるらしい。
また、早い段階で自分の敗色を察知できることは 棋士としての実力の高さとしてそれが高く評価されることもあるようである。
自分はヒカルの碁という漫画・アニメ作品が大変好きだが、ヒカルの碁の作中に、以下のような場面がある。
①塔矢名人と佐為のインターネットを介した重要な勝負において、塔矢名人が対局中盤で 投了する。(敗北を認める。)
(高い次元の 塔矢名人と佐為は早い段階での決着にすぐに納得する。対局当事者よりも棋力に劣る多くの閲覧者は「ここで投了!?なぜだ、まだ終盤にさしかかっていないのに!?」と驚きを覚える。)
②佐為と院生の和谷が インターネットで対局した時に、和谷がかなり早い段階で投了する。
これに主人公のヒカルは「もう投了!?」と驚くが、佐為は「実力の高いものほど自分に勝ち目がないことに早く気付く。この投了の早さは、この者の実力の高さを示している。」という趣旨のことを言う。
井山さんは、上記のような「負けが見えている場合、それを早めに察知して、その時点で見苦しい姿をさらさないために早い段階で投了するのが潔くて良い。」という考え方に、ある時までは同意していたようである。
しかし、国際戦に出場する機会が増えるに従って、外国人棋士が違う考え方を持っているように思われた。
外国人棋士の中に、こちらから見て明らかに負けが確定しているような状況でも、投了せず、本当の最後のところまで打ち続ける者が少なからず、いるようである。
AとBが対局しているとして、対局中盤で 「明らかにもう勝負は決した。Aの負けだ。もう覆ることはない。」という状況になっても、Aが投了せずに 対局を続けていると 終盤にBの信じられないような大ポカ(大ミス) が発生して、Aが勝つ、ということが国際戦において何度か起こっているのを井山さんは目撃したようである。
そのため、井山さんは国際戦において「負けが確定していても(そのように自分自身や閲覧者の多くに敗北の確信が持てても) 、とりあえず 最後まで投了せずに 続けてみよう(継戦してみよう)」という考えを自分の中に持つようになった、という趣旨のことを話していた。
(実際に、井山さんが早い段階で「自分の負けが確定した」と確信した対局があり、しかし投了せずに継続した結果、相手の意外な大ポカが突如生まれ、逆転の勝利となったことがあったと言う。)
以前、逆転人生という番組にて、「借金地獄からの生存者」という話を放送していた。
番組内で、自己の多額の借金の問題を克服し、その後は 借金の負のサイクルに苦しむ人の支援をしている男性がこう語っていた。
「多くのケースを見た結果として感じることがある。
借金の負のサイクルで、追い詰められて本当に破滅してしまう人は、8割から9割が"自滅によるもの"である。
敗北が何重(幾重)にも見込まれ、確定しているように見えても、勝負を投げずにいると、不思議と時間の経過と共に打開の道が見えてくることが多々あるものである。」
という趣旨のことを話していた。
これは、人間の肉眼につきものの錯視という現象に似たものがあるように筆者は思う。時間の経過や偶発的な出来事によって、ものを見る角度が変わると、見落としていた重要な要素に気付くことがある。
漫画・銀魂で、確か 桂(かつら)が、仲間の銀時と共に 多くの敵に囲まれている際、桂は「敗戦は確定しているから、散り際を美しくしよう。」という趣旨のことを言うと、
銀時は「美しくなくていいから、汚(よご)れていても、できるだけ長く悪あがきしよう。」という趣旨のことを言う。
囲碁界において、「敗戦が確定したならば(そう見込まれるならば) 、 棋譜を汚さないように 早い段階で投了するのが良い。」という考えが今、主流なのかわからない。また、そうした「棋譜を汚さない方が望ましい。」という考えの是非は筆者にもわからない。
ただ、井山さんの、経験から得た「棋譜を汚しても継戦してみる道もある。」という話や、 「借金地獄による破滅は8〜9割が自滅によるもので、継戦する内に打開の道が見えることがある。」という話は、心の内に 留めておくと 何かの折に助けになってくれることもあるかもしれない、と思う。