渡邊溫選集「あゝ華族樣だよと私は嘘を吐くのであつた」を手に入れた。
盛林堂ミステリアス文庫から出た、YOUCHANさんの挿繪と編集に拠る渡邊溫の作品集「あゝ華族樣だよと私は嘘を吐くのであつた」を手に入れた。
個展で購入したので、サインも入れて戴いたよ! いいでしょう?
一言で云えば、僕の樣な一日の半分位渡邊溫の事を考えて居るオタクから、初めて手に取られる方にまでおススメ出來る本だなあと思います。
140文字の連投でざっと感想を述べても良かったのだけど、素敵な本だったので此れは確りと感想や思いを語りたいなあと思い、斯うしてnoteに書くことにした。Xだとついつい、オタクは奇聲發してなんぼみたいなムーブかましてしまうので……よろしくないですね。
そんな譯で僕が特にぐっと來た處を以下のトピックに纒めて語って行きます。
・旧かな旧漢字での表記
「作者が読んで書いた文字で編みたいいし、それを読んでみたい」(あとがきより)
編者のYOUCHANさんのこの意図や思いに僕も共鳴します。
全く以てその通りだと思う。
渡邊溫は映畫を愛し、演劇も好み、新青年ではコラージュ漫畫を担當して居たのだから、それだけでも映像的な感覺があった人だと云う事は想像に容易い。
だから文字列の並びには多少なりとも見た目や畫面デザインを意識した可能性があるのでは無いかと僕は思う。
僕の樣な者ですら漢字や平假名などの抑揚や見た目のバランスで文字を選ぶ事が在るのだから、溫ならば拘って居ても可變しくないだろう。
デビュー作になった「影」も黑じゃない拘りのある色のインクで原稿を書いた樣だし、可哀相な姉の文中でも「黑」と「黝」を使い分ける樣な人なのだから。
もしも溫が新漢字の環境で書いて居たとしたら、今の作品とは違う漢字を使って書いて居たかも知れない。
そう考えると、此の旧かな旧漢字で溫が思った儘の文字列を再現して、讀める形にした事は非常に意義が在る事の樣に思う。僕は内心で割れんばかりの拍手を送った。
それから旧漢字を起こす仕事の大變さも非常に察する物が在ると思う。
新靑年を見て居ると、今の僕らが全部旧漢字を使って居るだろうとガチガチに考えて居るよりも、ずっと多く新漢字が使われて居て少し拍子拔けをする。恐らく略字や俗字なのだろう。溫の名前自体も「溫」では無く「温」表記の時がある。
もしかしたら、溫自身が新青年で略字や俗字として新漢字を積極的に取り入れて居たのかも知れない。此處らの事情は他の編集者の時代と比較しないと解らないけど。
何にせよ、旧かな旧漢字の本なのでタイトル表記も總てその樣になって居り、本棚に置いた時も旧かな旧漢字で並ぶので、旧かな旧漢字好きの僕としては樂しくなった。
・挿繪
表紙を見れば繪の素晴らしさは一目瞭然だけど、どの作品の挿繪も作品世界をぎゅっと一枚繪に濃縮した樣な密度の高い繪で素敵だった。
細かな所を見ては「あの要素だ」と見付けるのもオタク心をくすぐられて居るようで、凄く樂しかった。僕は展示で大きなサイズでも見て居るので、此の面白さをより深く體感出來た樣に思う。
「足」の繪は發表當時(昭和2年)の空氣感があって此方も大好きだった。
何れの繪も作品を深く讀み込まれて居る事を感じる繪で、流石だなあと思う。
僕は單なるオタクだから此様な事を云う立場には無いけれど……渡邊溫も此様な繪を澤山描いて貰って屹度喜ぶだろうし、仕合せな人だよなあとしみじみ思う。此様な形態の本が出るのは初めてだもんね。
人生が短くても作品が殘って居れば、こう云う夢みたいなことってあるんだなあと思った。
・レタリング文字
此れが總て、レタリングと云うのかな。タイトル文字が總てデザインされていて、それの文字が素敵だった。全部かっこいいと可愛いでした。
・新資料が澤山在った
1991年頃に渡邊溫に出會って以來、ずっと偏愛して居る旧來の讀者たる僕が驚いたのは年表の詳細さで在った。
此れを見て僕は「あゝ未だ渡辺温辭典を作って無くて良かった」と思った。(作ろうとする度、お御籤で「焦らずゆっくりやれ」と云われるから落ち着いて資料集めをして居たのだった)
此の年表は温の死後に出された私家版だと思われる改造社版の渡辺溫選集より採録したとのこと。一般人には見る事が叶わない本なので、非常に有り難い。
年表の内容に関しては亦、聖地巡礼などしてはしゃいだ時に言いたいと思う。
それから、溫の描いた繪がフルカラーで、ひょっとして原寸大?というサイズで収録されてるのも有り難いです。
・信頼の解説
長山靖生さんに拠る13頁もの解説。有り難い。
日立の圖書館で長山さんが郷土の作家として紹介されて居て(溫も啓助さんも郷土作家のコーナーに本があって安心した僕)、その時に同じ土地に居た方なのだと識ったけど、溫と啓助の弟の濟さんとお知り合いだったとは!
そして濟さんから直接お伺いした貴重なお話が載って居て、此方も新資料!と云う譯で有難うございます。と云う氣持ちでした。
解説の内容は、渡邊溫の人生とその當時の社會や文學の状況などのお話で、讀み應えがあった。
僕は、溫の作品の半分位は私小説の要素で構成されて居ると思って居るので、彼の人生を詳細に知る事が作品を一層深く味わうためには欠かせないと感じて居る。
だから、あの、買われた方は必ずちゃんと解説も讀むと好いと思います。
逆に解説から讀んで本編を讀んで、年表と突き合わせて見るのも好いんじゃないでしょうか。
・造本など
カバーの下はネイビー色だった。
渡邊溫の作品世界を思わせる宵闇の色で好い色だなあと思った。
栞の紐の色も同じ色。全部が作品の爲に存在して居る本だと感じた。
・構成なども
時期やジャンル毎の區分けも好いなあと思うし、初出データがきちんと掲載されてるのもオタクとしては有り難かった。
さっきから有り難いばかり連呼して居るけれど、實際非常に有り難いです。
・まとめ
そう云う譯で、僕の樣なマニアにも初めて手に取る人にもぴったりの作品集だと思った。ベストアルバムと云う感じ。
渡邊溫の作品集は世の中に幾つか出て居るけれど、此の本も亦ファン必須のアイテムだなあと思う。
◯。餘談
ギャラリーに行った時にYOUCHANさんに「日本で一番渡邊溫を極めようとして居る人」と云う趣旨の事を云って頂き、恐縮しつつも大變誇らしい氣持ちになった。YOUCHANさんに云って戴けたらガチだろ、と思います。ありがとうございました。
亦、渡邊家には溫がお父さんに送った金の無心のお手紙が澤山殘って居るそうで、もし僕がそれを見ることが叶えば、手紙を送った日付と金額と季節の挨拶等を總てエクセルに纒めて、溫のお金の使い方を洗い出してみたいなあと思いました。
おしまい。
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