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16タイプの心理機能関連の疑問
最近、心理機能おもしれーと思って少し調べていたがまだまだ不明なところがかなりある。専門家がMBTIをアップデートしたり、心理機能についてもう少し日常生活と紐づけて詳細な説明をした本とか出してくれないかな。
MBTI公式診断を受けに来た人で、プライバシーは伏せて情報を公開してもいいっていう人のデータとか世界中で集めようと思えば結構あると思うんだけど。ただ、誰がそれをまとめるかって話はある。ユングの弟子とかMBTI親子の弟子とかで研究している人とかいないのか。
MBTIでググったらトップに 16Personalitiesが出てくるけど、MBTI協会のSEO対策はどうなってんだ。
話がそれたが、僕はタイプ論は読んでないし、関連書籍はMBTIへのいざないを中途半端にしか読んでいなく、その他の主要関連書籍などには触れてさえいない。こういう話題に触れるならせめてタイプ論は読まないといけないかも。
調べるのも面倒になってきたので、心理機能関連で気になっていることを書く。何かの本に載っているかもしれない。
①とりあえず主要な4つの心理機能に着目する。
最近この画像を引用しまくっている気がする。作った人ありがとうございます。
いきなり反旗を翻すが、下記の心理機能の表記と並びって直接どこかの書籍に載ってるの?
わかりやくすていいんだけど、とりあえずMBTIへのいざないには直接出てこない。
主機能、補助機能、第三機能、劣等機能という呼称は出てくる。心理機能という単語も出てこなく「心的機能」が出てくる。
![](https://assets.st-note.com/img/1711363399466-HGBrpSV7L1.png?width=1200)
②通称1-3ループとか4グリップとかは名称はともかくとして、機能の働き方としてどこかで説明されているのか?
一応、MBTIへのいざないの各タイプがストレスにさらされた場合の記述はあるがそこから読み取れるか? タイプ論にそれっぽい記述があるとどこかで見たかもしれない。
③MBTIへのいざないにはS/Nが知覚機能、T/Fが判断機能とある。
主機能やらの順番に関係なく、事の起こりの順番で言えば、何かを知覚して→判断でいいのか?
ESFPで例えると、主機能はSeなので外向感覚で情報を知覚して、補助機能の内向感情Fiで判断するということになると思うんだけど、あくまで知覚機能が一番使えるというだけなのかな。
そうじゃないとISTJのTe→Siとか意味不明なんだよな。
④知覚機能(S/N)の話
「ユング心理学がよくわかる本」という書籍に知覚機能はあまり経験に左右されないとある。関連して、心理機能は年齢とともに発達していくとどこかでみた。「あまり」だから、全く経験に左右されないわけではないにしても、じゃあ何が要因で発達するのか?
ユング心理学がよくわかる本が間違っているだけなのか?年齢とともに発達するというのは人間の成長としては間違っていない気がするんだけど。
⑤心理機能で一番謎な機能Niについて
④と関連する。Niはパターン認知っぽさがある気がしているんだけどどちらも詳しくないのでよくわからない。パターン認識ではない?
Ni自体が言語化しづらいものらしく、よく閃きに例えられるが、ネットを見ているとNi優勢の人のそれぞれの「閃き」についてのプロセスの言語化やイメージが違っているようだ。
で、気になっているのはNiは経験則とは無関係もしくは関連が薄いのか?
経験則だとSiになるか。
例えば、知らない概念や事象などについても、それと近いようなものに経験を無視してたどり着けるのか?とか。
Niはある程度の目的に根付いているような事柄に対しての一つの方針として発揮されやすいのか?本人の優先度が低いものにも何か閃きがあるのか?
目的となるような対象を一旦、意識した後、別のことをしている時などにフッと何かが浮かんでくるのか?
知覚機能に論理的思考に関連するものをあてはめるのはさておき、Niは帰納法的と言われているが正しいのか?
⑥論理的思考に関連して、TiとTeについて
Tiは演繹的、Teは帰納的というのをよく見る。逆で言っているものもまれにあった。
帰納(きのう)とは、個別的・特殊的な事例から一般的・普遍的な規則・法則を見出そうとする論理的推論の方法のこと。演繹においては前提が真であれば結論も必然的に真であるが、帰納においては前提が真であるからといって結論が真であることは保証されない。
演繹(えんえき)は、一般的・普遍的な前提から、より個別的・特殊的な結論を得る論理的推論の方法である。
帰納に於ける前提と結論の導出関係が「蓋然的」に正しいとされるのみであるのに対し、演繹の導出関係は、その前提を認めるなら、「絶対的」「必然的」に正しい。したがって理論上は、前提が間違っていたり適切でない前提が用いられたりした場合には、誤った結論が導き出されることになる。
<帰納的論証>
大学指定で推薦されたA高校の学生は優秀だ。
大学指定で推薦されたB高校の学生は優秀だ。
大学指定で推薦されたC高校の学生は優秀だ。
だから、大学指定で推薦された高校のすべての学生は優秀だろう。
<演繹的論証>
ゴジラ松井はニューヨークヤンキースのメンバーである。
ニューヨークヤンキースのメンバーは全員イチローを知っている。
だから、ゴジラ松井はイチローを知っている。
僕の中のTiのイメージがSにしろNにしろ知覚した情報を引っ張ってきて、
脳内というミキサーに入れて何かを作り上げる、もしくは抽出するというイメージだ。で、それは必ずしも客観的に正しいものではなく、自分が納得した独自論ということがある。
こういう感じなので、Tiが演繹的かというのには疑問が残る。確かに一般論を基に、独自論をつくることはあるにはあるので間違いではないと思うが、微妙にしっくりこない。S/Nで知覚したものの違いがあるかもしれない。
(仮説)演繹法というのがあるのだが、これであれば僕が考えるTiっぽさはある。ごちゃごちゃしてる感が独自論(Ti)にはあると思っている。
仮説演繹法(かせつえんえきほう)とは、既知の事実に基づいて新たな仮説を立てて、その仮説から演繹して予測し、それを主張として論証し、実験や観察をして確かめるという方法である。仮説演繹法は、演繹法と帰納法の長所を組み合わせた推論の方法である。
一方のTeは、すでにあるルールや原理などの一般論(その人が守るべきものだと思うもの)に全体を当てはめるイメージがある。
所属する会社のルールは守らなければいけない。(とTeは思っている。会社のルールが正義)
おれたちはその会社に所属している。
→おれたちは会社のルールを守らなければならない。
ちょっと都合いいけど、こんなイメージが僕にはあるのでTeが帰納的というのがしっくりこない。いきなり一般論を持ち出してない?
Teが帰納的と言ってるのは、どういうイメージなのかを知りたい。
個人というコマを使って会社をつくりあげるイメージなのか?
社員Aにはこういう能力がある。
社員Bにはこういう能力がある。
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・
社員Zにはこういう能力がある。
→株式会社「あ」はこういう会社だ。
でも会社の経営者は周囲と差別化したいと思っていて、ありふれた有象無象を目指しているわけではないよな?
心理機能に無理やり論理的思考を当てはめるのもどうかというのはあるが、僕のイメージはこんな感じ。
書くのが疲れてきたのでひとまずここまでにしておく。ただ気になっているだけ。自己満足用。
知っている人や持論がある人がいれば教えてください。