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大谷翔平の活躍を経営戦略的に分析してみた:破壊的イノベーション創出の4つの要点


1. 野球ど素人が感じる大谷翔平の活躍への違和感

ここ数年、大谷翔平の活躍には目覚ましいものがある。
シーズン中なんかは特にワイドショーは彼の話題でほぼ持ち切りになるほどだ。
 
一方、筆者は野球についてど素人である。
去年騒がれていた50:50についても何を意味しているのかさっぱり分からず、日に日に数字が増えていく様を訳も分からずただ見ているに過ぎなかった。
(従って、本稿では野球について触れるが、筆者の野球についての知識は限りなくゼロに近い点を念頭において、大きな心で受け止めていただきたい)
 
そんな野球ど素人の筆者からみて、大谷の活躍には違和感を感じる部分がある。
それはこれまでの他の選手の活躍ぶりに比べて大谷の活躍ぶりが”非連続的”という点である。
 
というのも、例えば陸上の100m男子であればコンマ何秒という僅かな差で世界記録が徐々に更新されるといった具合に、ある程度連続的に活躍ぶりは推移する。
それは、人間の身体能力が非連続的に変わることは考えづらいし、ある程度成熟したスポーツであれば既に一定の競技人口を持ち、練習方法もある程度洗練され成熟していることが想定されるためである。
 
同様に、野球もある程度成熟したスポーツであると言える。
ともすれば、なぜ野球のような成熟したスポーツにおいて大谷のような非連続的な活躍が実現したのだろうか?という疑問が浮かび上がってくる。
 
巷では大谷の食事やトレーニング、マインドセットのここがすごい!といったコンテンツを見かけるが、野球ど素人の筆者からすると、プロのアスリートであればそんなに驚くような内容ではない気がする。他の選手もプロなんだから同じように食事やトレーニングに気を使っているだろうし、立派なマインドセットも持っていそうであると感じてしまう。
もし本当にそれらの要因だけで大谷の活躍が説明出来るなら、他の選手がサボっていたという前提がなければ納得出来ない。
 
大谷の活躍は他の選手の慢心を背景に際立っているだけなのだろうか?

2.大谷翔平はまさに「破壊的イノベーション」を起こしていた

2-1.大谷と他選手の違いに関する考察

筆者は経営戦略コンサルティングを生業としている。
その経営戦略のレンズを持って大谷の活躍をみてみると、決して他の選手の慢心を背景に彼の活躍が際立っているわけではないという見解にいたった。
つまり、他の選手がイノベーション論における「持続的イノベーション」に勤しんでいるところに大谷は「破壊的イノベーション」をもたらしたので、非連続的な活躍を成し遂げることが出来たという見解である。
 
この見解について、イノベーション論のいくつかの概念をもとに説明してみたい。
 
まず、プロ野球選手市場はイノベーション論における「イノベーションのジレンマ」に陥っていたと考えられる。
「イノベーションのジレンマ」とは、ある領域で成功した企業が、その成功した事業の顧客の(主に顕在)ニーズに耳を傾けるあまりに、これまでの延長線上にある価値提供を追い求めてしまい、イノベーションに立ち遅れるという考え方である。(ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセンが提唱)
 
そもそも、プロ野球市場(7球団によるプロ野球リーグ戦)は日本では1936年に勃興した。
プロ野球黎明期においては二刀流選手が活躍していた様だが、プロの世界ではより効率よく勝率向上を求める過程で、投打分業が進んでいった*1。
市場成長期においては、特に投打のそれぞれの技能を大きく向上する余地がまだあったと想定されるため、分業によりそれぞれの技能を発展させることは理に適っていたいたのかもしれない。
(ちなみにこの動きは、ビジネス界において大昔はだいたいが家族経営で製造から販売を一貫して家族が担っていたような業界が、市場が拡大・成熟するにつれて、合理化のため製造に専念する企業、販売に専念する企業が増えるのに似ている)
*1参考:プロ野球で「エースで4番」は成功しないのか 知られざる二刀流選手列伝 (SB新書)

従って、選手たちにとっての顧客である球団は投打分業を求めるため、選手たちも少なくともプロ入り後はそれぞれに適した体をつくり技を磨くのである。
これはまさにイノベーション論で言うところの既存顧客の(主に顕在)ニーズに対して改善・改良を重ねていくような「持続的イノベーション」である。
 
ところが、大谷は二刀流の実現で投打分業を前提とした価値基準を覆したのである。
これはまさにイノベーション論でいうところの「破壊的イノベーション」である。
「破壊的イノベーション」とは、確立された技術やビジネスモデルによって形成された既存市場や業界構造を、劇的に変化させてしまうイノベーションのことである。
価値創出の方法が違うからこそ、その活躍もまた非連続的に見えるのである。
 
他の選手は決してサボっていたわけではなく、大谷と他の選手では努力の量というより、その性質がそもそも異なっているのだ。

2-2.大谷が「破壊的イノベーション」を実現出来た要因の考察

では、なぜ大谷は「破壊的イノベーション」を実現出来たのだろうか?
そのポイントは、既存の業界構造である投打分離の前提条件の変化にあると思う。
 
(1)投打分離の前提条件(1/2):投打それぞれ”単独”の発展余地
黎明期~成長初期の野球界においては、投手と打者のそれぞれ”単独”の能力・技術の発展の余地がまだまだ大きかったと想定される。
従って、球団はより効率よく強くなるために、成長期において増加する資金流入を追い風に、投打分離のもとそれぞれの能力・技術開発に専念してきた。
この段階では、そもそも投打のそれぞれの知見も十分でない中、いきなり二刀流選手の開発にお金と労力をはらうよりも、一刀流の選手の専門性をしかっかり磨くことにお金と労力をはらう方が明らかに費用対効果が高かったと考えられる。
 
一方現在においては、投打分離によりそれぞれを極める営みは初期に比べると成熟しているとも見える。
 
 
(2)投打分離の前提条件(2/2):野球に関するスポーツ科学の知見

また、野球に関するスポーツ科学の知見に関しても、投打分離が進み始めた初期から現在に至るまで大きく発展している可能性がある。
なぜならば
・投打分離によりそれぞれについて専門的な知見が深まる
・プロ野球市場の成長とともに資金流入が増え研究が活発化する
ということが考えられるからである。
 
このように、投打分離が進み始めた当初は、(1)まだ投打それぞれの発展余地があり、(2)スポーツ科学の知見もまだ今程進化していなかったことから、投打分離が業界にとって合理的な選択であった。
一方で、現代においては(1)投打それぞれの技術は一定成熟し、(2)野球業界の拡大や投打分離により野球に関するスポーツ科学の知見の知見も進化してきた。
 
ともすると、投打二刀流という新たな価値創出の方法に、最先端のスポーツ科学の知見を駆使して挑むという可能性が浮かび上がってくるのである。
実際に大谷の活躍を見ていると、勿論投打で必要な筋肉の部位や使い方など異なる部分があると思うが、しっかりした体幹・柔軟性やゲームの流れや投手の癖を見抜く野球センス・頭脳の部分は投打どちらにおいても共通の重要なアセットとして機能しているように見える。
 
このように投打分離が合理的とされた当時の前提条件が時を経て変化しており、それらの変化を追い風に大谷という才能を持つ選手が新たな価値創出に挑戦したからこそ「破壊的イノベーション」は実現したのだと考える。

3.「破壊的イノベーション」を予測する4つの要点

3-1.ビジネスにおける類似事例

大谷の活躍のメカニズムを少しでも自分の仕事に活かせる形に落とし込むために、ビジネスにおいて類似と言える事例がないか考えてみたい。
 
ビジネス界では「破壊的イノベーション」の事例としてよくスマホが取り上げられるが、スマホの価値創出のメカニズムも大谷のそれと同じ構造で説明出来ると考える。
 
今でこそスマホは電話するためのデバイスというよりもむしろ、外でインターネットサービスを楽しむデバイスと言っても過言ではないものになっている。
しかし、携帯電話が開発された当初はモバイル環境で電話することが主要機能であった。
インターネットサービスの方は、主にパソコンで利用するものとして発展してきた。
つまり、通話は携帯、インターネットサービスはPCでという分業構造でそれぞれのデバイスは発達してきたのである。
当初はまだ通話品質、インターネット回線品質等が発展途上であったため、それぞれの品質を個別に高めるデバイス開発は理に適っていただろう。
 
その分業構造をもたらした前提条件として、
・当初はモバイル環境でインターネットサービスを楽しむ程の通信インフラが整っていない
(携帯利用者数や回線技術の問題)
・当初はインターネットサービスは一部のPC好きのためのものがメインでマス層向けのものは多くはなかった
ことが考えられる。
 
それから時が経つにつれ携帯利用者数は爆発的に増え、回線技術も発展し、インターネットサービスもマス層にも裾野を広げ多様化してきたことで、もともとの分業構造の前提条件が変化してきたのである。
実際に、imodeに代表されるようにモバイル環境でもインターネットサービスを楽しみたいというユーザーニーズが顕在化しはじめていた。
 
にも関わらず、ガラケーに代表されるようなスマホ以前の携帯は「話す」ことを主要機能とした基本設計をもとに改良が重ねられていた。(持続的イノベーション)
 
そこにiPhoneに代表されるようなスマホは「話す」ことよりむしろ、モバイル環境でインターネットサービスを楽しむことを中心として設計されており、芽がでつつあったユーザーニーズに火をつけ爆破的に増大させたのだ。(破壊的イノベーション)
 
このように、業界の分業構造に対して、分業たらしめている前提条件の変化に着目し、その分業構造を崩す新たな価値基準を作ったという点で大谷翔平はスマホと同じである考える。

3-2.「破壊的イノベーション」を予測する4つの要点

大谷とスマホに共通する点を抽出することで、今後自分の仕事の中で破壊的イノベーションを予測する/検討する場面に直面した際に使えるフレームワークを作ってみた。
 
検討項目として、以下の4つのポイントを要点として提案したい。
 
①ターゲットにする顧客ニーズ
②①に対する分業/トレードオフ構造
③②の分業/トレードオフ構造をもたらす前提条件
④③の前提条件の変化の有無
 
以下、それぞれについて説明する。
 
①ターゲットにする顧客ニーズ
 
まずは、破壊的イノベーションが起こり得るか検討したい対象となる顧客ニーズを言語化する。
・大谷の場合:球団の「効率的に勝率をあげたい」というニーズ
・スマホの場合:携帯ユーザーの「モバイル環境で電話もインターネットサービスも楽しみたい」というニーズ
 
 
②①に対する分業/トレードオフ構造
 
次に、そのニーズ充足に向けて、これまでの業界で培われてきた分業/トレードオフ構造を洗い出す。
・大谷の場合:投げるのは投手専門選手、打つのは打つ(+守備)専門の選手
・スマホの場合:外で話すのは携帯、インターネットサービスするのはPC
 
 
③②の分業/トレードオフ構造をもたらす前提条件
 
その分業/トレードオフ構造を形作る要因となる前提条件を言語化する。
・大谷の場合:プロ野球黎明~成長期で投打個々の能力が発展途上、スポーツ科学の知見が発展途上
・スマホの場合:モバイル回線インフラの未整備(利用者数の問題、回線技術の問題)、インターネットサービスがまだニッチ向け
 
 
④③の前提条件の変化の有無
 
その前提条件が、最新の事業環境を考慮した時に変化していないかを検討する。
・大谷の場合:投打分業もあり投打個々の能力は一程度成熟、スポーツ科学の知見が発展
・スマホの場合:携帯利用者数が爆発的に増加、回線技術が発展、インターネットサービスがマス向けにも多様化

3-3.4つの要点活用の思考実験

この4つの要点がワークするかを検証するにあたって、筆者が良く使うカフェ業界をお題としてイノベーション余地があるかを思考実験的に検討してみたい。
 
 
①ターゲットにする顧客ニーズ
 
筆者の場合、カフェを利用する理由は飲む食べるというより、読書やnoteを書いたりするための作業スペースを確保したいからだ。
従って、今回ターゲットにする顧客ニーズは仕事場や自宅以外に作業スペースがほしいというニーズとする。
 
 
②①に対する分業/トレードオフ構造
 
①に対して、筆者は以下のトレードオフに対して、解消は難しいと思いながらも不満を抱いている。
・作業スペースとして落ち着くカフェは高い
・一方安いカフェにいくと、隣の席との間隔が近く雰囲気もイマイチで気分が上がらない
 
 
③②の分業/トレードオフ構造をもたらす前提条件
 
・カフェの主な固定費である賃料・人件費・初期投資(減価償却)を回収するには、一定以上の売上が必要
・そのため多少賃料があがったとしても人流がある都心駅周辺に出店し、高回転/低単価か低回転/高単価の方針で売上を確保する必要がある
 
 
④③の前提条件の変化の有無
それらの前提条件に影響を与えうる変化を言語化し、それによるイノベーション創出の仮説を立ててみる。
・コロナによるリモートワークの普及で人流が都心集中からベッドタウンエリアまで分散
→コロナをきっかけに、賃料がそこまで高くないが作業スペース利用ニーズのあるユーザー層が十分量いるエリアが出現してきているかもしれない

・自動化技術の発達によりオペレーションの自動化が進行
→更に、自動化により人件費を極限まで下げる設計にすれば、低回転(作業するのにゆったりスペースが確保出来る)・低単価が実現出来る可能性はないか?
 
ということで、この仮説が正しいかは検証してみなければ分からないが、イノベーション検討のフレームワークとして全く使えないという訳ではないと思っている。
 
今回は、身近な話題である大谷の活躍を題材にイノベーション理論に関する自身の見解を深めることが出来た。
少しでも他の読者の方にも参考になるエッセンスがあれば幸いである。

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