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戦略コンサルの仮説思考中の脳内を公開:人気書籍では描かれない”意外と泥臭いリアリティ”をお届け


1.仮説思考力向上に必要な「経験」はブラックボックス化している

1-1.仮説思考の概念は浸透しているのに実践出来る人は多くない

仮説思考とは、対象の問題/問いに対して、情報を収集してから答えを出すのではなく、まず仮の答えを考えてからそれを検証する形で最終的な答えを導き出す思考法である。
学習習慣のあるビジネスパーソンであれば、「仮説思考」という言葉の意味を知っている人は多いと思う。
実際に、日本のBCGの代表を勤められた内田和成氏の「仮説思考」という書籍はとても有名なので読んだことがある方も多いと思う。

一方で、その実践は容易ではなく、うまく実践できていない人も多い印象である。
筆者は現在戦略コンサルティングを生業とし、シニアマネジャーという職位についているが、マネジャーになる手前くらいの職位の時は、恥ずかしながらファクト集みたいな綺麗だけど無駄だらけの資料を作ることも少なくなかった記憶である。(もちろん内田和成氏の仮説思考は読了の上)
また、最近、某大企業の事業企画の課長クラスが同じようなことを行っていることも見たことがある。

1-2.仮説思考の向上に必要と言われる「経験」が言語化されていないことが要因?

仮説思考というものの概念や重要性、活用出来る具体的な推論技法は書籍化され世間に共有されている。
一方で、仮説思考力を磨く上で一番大事だと言われる「経験」で得られることがブラックボックス化してしまっているのではないか。
筆者はそれが仮説思考力向上の大きな課題の1つなのではないかと考えている。

従って、本稿では「経験」で得られることの言語化を試みることで、どのようなことに注力して「経験」を積み重ねれば仮説思考力を高められるのかを考察したいと思う。

2.仮説思考プロセスの可視化を通じて「経験」の言語化を試みる

発展途上で僭越ながらではあるが、筆者自身の現状の仮説思考のプロセスを可視化することで、少なくともこれまでの経験で培ったものが何なのかを言語化したいと思う。

そのために、架空のケースを前提に、仮説思考を駆使して初期的な検討を行った。そのプロセスを可視化し、仮説思考超初歩レベルである昔の筆者との違いがどこで生じているかを整理した。

ケースの前提は以下の通りである。

<ケースの前提>
※具体的な企業名を前提に検討を進めた方が、詳細(リアリティ)が伝わりやすいと思ったため、大塚HDを選定。選定理由は筆者がカロリーメイトを好きだから。
・大塚HDの食品/飲料部門の戦略担当者とアポが取れそうな状況
・アポが取れた際には、プロジェクト提案の土台となる経営課題やM&Aニーズについての議論を実施したい(いきなりプロジェクトを提案するのではなく、まずは現状の課題意識について共通認識を取りに行きたい)
・そのために、弊社として大塚HDの食品/飲料部門の経営課題やM&Aニーズについて、弊社なりの理解(仮説)を資料にまとめ、当日の議論の発射台として利用したい

3.「❶仮説更新の頻度」「❷ベクトルの精度」「❸アナロジー力」が肝だと判明

3-1.全体の検討プロセス

今回の取り組みの対象とした検討プロセスは以下の①②③である。

<検討プロセス>
①問いの明確化(10分)
②基礎リサーチ(2時間)
③初期ゴール仮説構築(1日)

 ③-(1):1st初期ゴール仮説構築→深堀(1)
 ③-(2):2nd初期ゴール仮説構築→更なる深堀(2)
 ③-(3):3rd初期ゴール仮説構築
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※以下のプロセスは今回の取り組みでは対象外とする(実業務では必要)
④提案ストーリー、論理構造・検証方法の整理(半日)
⑤初期ゴール仮説の検証(2~3日) 
⑥提案ストーリーupdate・資料化(2~3日) 

ご覧の通り、③に比較的多くの時間を割いていることが分かる。
この時間配分も昔の自分との大きな違いである。
以前は③よりも②に時間をかけることが多かったが、仮説思考を駆使しようとするほど、②と③の時間は逆転していったように思う。

3-2. 仮説思考の意外な「泥臭さ」

また、筆者がここで特に強調したい点は、「仮説思考は意外と泥臭いものである」という点である。

というのも、仮説思考というと、労働時間を大きく短縮できる大変スマートな思考法というイメージを持っている方もいるかもしれない。
一方で、筆者の認識は仮説思考を駆使すると労働時間は大きく減らないが(勿論”無駄な”時間は減らせる)、アウトプットの質を大きく引き上げられる思考法というイメージである。
ただ、同じ時間でも、その時間の中で求められる思考レベルが高いので知的体力の消耗度は非常に大きい
例えるのであれば、仮説思考をしていない時は、1時間ウォーキングで消費出来るカロリーで満足していたところ、仮説思考を取り入れると1時間ランニングしなければ到達出来ないカロリー消費を目指すことになる、みたいなイメージである。

精神論となるが、もし今仮説思考力を高めるスタート地点に立たれているような方がいれば、知的体力を相当消耗する(割としんどい)という前提で心づもりいただけると良いと思う。

そのようにもがき苦しんでいる様子も含めて、どのような内容の検討を行ったかを本稿の最後にまとめている。
プロセスや苦しみを少しでもリアルに体感いただければと思い、長くなったが書き起こしてみた。
とは言え、中々の文量となっているため、省略しても次以降読み進められるようにしているので、ご希望の方はこのまま次に進んでいただきたい。

3-3.仮説思考力の向上に貢献した3つの要素

現時点の仮説思考のプロセス・内容を可視化することで、筆者自身が仮説思考力を上げる上で重要だと感じた要素を3つ抽出した。

❶仮説更新の頻度
❷ベクトルの精度
❸アナロジー力

以下、それぞれについて記載する。

❶仮説更新の頻度
仮説思考駆け出しの頃の筆者は、最初にあさ~い仮説を想像しつつも、それに関係ないことも含め②基礎リサーチに時間をかけ、そこから言えそうな結論ぽいものを出して終わる(最初のあさ~い仮説とはあまり関係ないものになる)ケースが多かった。

一方で、現在は②基礎リサーチはそこそこに、③初期ゴール仮説構築の中で、最初の仮説はあさ~いものの、数回(今回のケースでは2回)仮説をupdateしている。

これはあくまでこれからの本作業の指針となる初期ゴール仮説を作るための仮説検証であって、本当の業務の場合は、この初期ゴール仮説を検証するプロセスも必要なので、もっと仮説を更新していくことになる。

本当は最初から高精度の仮説を立てられるのが理想的ではあるものの、少なくとも現時点の筆者の能力値ではこれくらいのゴール仮説自体の更新は必要経費であると考えている。
仮説思考駆け出しの頃の筆者にアドバイスするならば、「思っている以上に仮説は何度も更新しないと良いものにはならないんだよ」と言ってあげたい。

❷ベクトルの精度
勿論、闇雲に仮説をupdateすれば良いという訳ではなく、「価値のある方向性」に向かうようにupdateしていく必要がある。
この「価値のある方向性」をどの程度精緻に捉えられているかということを❷ベクトルの精度と表現している。

例えば、今回のケースで言えば、①問いの明確化プロセスでも言語化したように、「弊社に対して、自分にはない視点を提供してくれそうだという期待感をもってもらうこと」が目的である。

そのことを踏まえると、「大塚HDの戦略担当者が考えていないような、でも検討の価値がありそうな成長の方向性」或いは「大塚HDの戦略担当者の頭の中にはありつつも、検討/実行に難しさを感じていそうな成長の方向性とそのの難しさの打開策」みたいなベクトルで検討をする必要がある。

逆に言うと、これまで大塚HDを推進してきた方向性である「北米の優良な女性向け健康食品メーカーを買収しましょう」というレベルの提案では、「いや、そんなことは自分達で考えてるんだよ!」という展開になってしまうだろう。
なので、今回のケースでは、北米の女性向け健康食品市場の事業環境や大塚HDの強みを考慮した時に、大塚HD自身が想定している方向性以外に、或いはその方向性をより精緻にするような形での成長戦略が描けないか?みたいなベクトルで考えを深めていかなければ、仮説は「価値のある方向性」に向かっていかない。
その結論として、これまで大塚HDが手がけていないような領域(メーカー"以外"の顧客/医療機関をつなぐPFなどの領域)まで視野に入れたバリューチェーンの拡大や、女性向け健康食品の中でも、まずは更年期向けに特化した事業ポートフォリオ拡充によりシナジーを最大化するといった仮説を考えたのである。

このように、①問いの明確化プロセスでも言語化した目的を、ワークを通じてどんどんと「価値のある方向性に」具体化させていくこと=ベクトルを精緻化することが重要である。

❸アナロジー力
正しいベクトルが分かっていたとしても、その方向性の仮説が導き出せるかどうかはまた別である。
だいたい、我々のような戦略コンサル業においては、時としてその業界の何十年戦士であるクライアントが四六時中その業界や事業について考えている中で、それでも思いつかない視点や考えを提供出来なければ価値がないという、すえ恐ろしいビジネスを展開している。
そんな中、特に戦略コンサルという複数業界・企業にサービス提供するビジネスモデルから生じる強みはアナロジーを活かせることである。
実際に、今回のケースにおいても、ドンピシャで同じ業界ではないが関連しそうな業界の経験・知見から、以下のように仮説を導出した。

・医薬品業界に関する別案件において、医師チャネルをおさえることが成功要因であったこと
・予防医療的な領域においては、ユーザーから直接マネタイズすることは難しいものの、企業の福利厚生として予防診断等のサービスを提供する(企業からマネタイズする)モデルが普及してきていること
→従来の大塚HDの優良”メーカー”を抑えるというアプローチのみならず、チャネルをおさえたPFも取り込むことで、本領域の重要アセットである顧客/医師/企業チャネルをおさえるというアプローチも組み合わせられると成長を加速出来るのではないか?

このように、新しい視点・考えを生み出す思考法で自分が使いやすいものを1つでも武器に出来ていると仮説思考力はぐんと高まりやすくなるだろう。

4.更なる仮説思考力UPに向け「❷ベクトルの精度」「❸アナロジー力」に注力

今回の取組により、筆者の仮説思考力が、生まれたてのひよっこから、少し毛並みが整い始めたひよっこになる過程で重要であった要素を言語化してみた。

その上で、今後更に仮説思考力を高めるために必要なことを考えてみた結果、「❷ベクトルの精度」「❸アナロジー力」の更なる強化に注力する必要があると考えている。
※❶仮説更新の頻度については、本音を言えば、最初からセンス抜群の仮説を立て、ワークを最小限に抑えられるに越したことはないが、現時点の自分のスキルレベルからすると幾分の更新は必要経費だろうと思っている。

❷ベクトルの精度向上に向けては、(a)顧客に刺さる/刺さらないデータの拡充とそれらのパターン化、(b)固有顧客の理解度の向上が必要と考える。

(a)に関しては、自分の中にAIモデルを作るようなイメージである。
出来るだけ多くこちらの説を提案する打席に立ち、FBデータを集めること、そしてそれを記録・パターン化し、適宜同じパターンの場合に想定される未来を想像出来るようにすることが大事だと思う。
(みんな無意識にこのような思考を行っていると思うが、これを意識的に行うのと無意識的に行うのとでは習得スピードが違うと思う。筋トレする筋肉をちゃんと意識した方が筋肉がつきやすいのと同じ原理で)

(b)に関しては、いわずもがなであり、リサーチは勿論であるが、生の情報を仕入れるということで、事前に業界/該当企業経験者の意見を聞く等のアクションも起こしていきたい。

❸アナロジー力の向上に向けては、過去の経験から異業種だけど共通の構造に則っているもの等を一度自分の中で棚卸し、整理出来ると、思考の引き出しとして取り出しやすくなるかもしれない。
(いつかまた別の記事で取り上げてみたい)

このようなことを日々の業務の中で取り入れていきながら、仮説思考力を向上させていけたらと思う。

参考:ケーススタディの検討結果のまとめ

①問いの明確化(10分)

今回は、弊社に対して、自分にはない視点を提供してくれそうだという期待感をもってもらうことが目的。
それを踏まえて、以下の問いを設定した。
①大塚食品がおかれている事業環境を踏まえると、どのような成長の方向性が考えられるか
②それらの中でもM&Aが有効な手段になりそうなものはどれか
③上記M&Aの自力での検討遂行でハードルになりそうなことは何か、それを弊社がどのようにサポート出来るか

②基礎リサーチ(2時間)

まずは、経営課題やM&Aニーズの1st初期仮説を構築するために、以下の項目を確認した(勿論これらのリサーチ結果について資料にまとめることはせず、リサーチ結果のスクショを集める感じのイメージで軽く実行)
・事業概要
・業績推移
・戦略方針

<事業概要>
●全社としては、「トータルヘルスケア」実現に向け”科学的根拠に基づいた”健康価値を軸にして主に医療・食品飲料関連事業を展開
(主要事業)
1.医療関連(製薬、医療機器など)
2.ニュートラシューティカル(NC)(ポカリスエット、カロリーメイトなど)
3.消費者関連(ボンカレーなどの食品、マッチなどの飲料)
4.その他

●食品・飲料事業としては、2と3が該当し、2は大塚製薬が3は大塚食品が運営

●大塚製薬では「運動と栄養」「女性の健康」「腸管免疫」「メディカルフード」を中心に研究。また、「Soylution」として大豆製品開発や肌の健康「コスメディックス」にも注力

●大塚食品では米代替素材やビタミン炭酸飲料マッチの開発を行った実績がある他、ポカリスエットやSoyjoyの開発にも関与(ただし近年の大塚製薬の健康食品との連携具合は不明)

<業績推移>
●全社としては、医療関連事業が売上利益ともに全体の7~8割を占め、売上高はグローバル4製品の好調により20-23年度CAGR10%超えで順調に成長

●医療関連に次ぐ事業規模のNCは売上高約5,000億円規模で20-23年でCAGR13%で順調に成長。海外を中心としたポカリやネイチャーメイド、エクエルの好調が主因

●消費者関連事業は20-23年でCAGR6%と堅調に推移するも、売上高約400億円と全社的には小規模

<戦略方針>
●NC関連事業で23年から28年までに売上1,430億円積み上げる方針で、内訳は以下3カテゴリの成長
・地球環境:620億円(23-28CAGR6%)
 ポカリ・OS-1で410億円と大部分を占める
・女性の健康:440億円(17%)
 エクエル、Bonafide等
 北米を中心に攻める
・少子高齢社会:370億円(4%)
 Nature Made、カロリーメイト、新製品など

●消費者関連事業は本業での収益改善とブランドの確立に注力する方針
(収益改善指針)
・選択と集中による既存品の展開
・原価、生産体制の見直し
・生産能力の確保

③初期ゴール仮説構築(1日)

  ③-(1):1st初期ゴール仮説構築→深堀(1)

M&Aニーズ仮説(A):海外ポカリ成長加速に向けたアライアンス強化
海外企業とのアライアンスの活用・アライアンス方法の高度化により、海外展開をより加速出来る可能性はないか?
→深堀ポイント:そもそも現状どんな取組を行っている?(自力展開がメイン?)補足出来る要素はありそう?
→深堀結果:調べるとかなり昔から現地企業との提携を通じて、現地でのニーズに合わせて事業を展開してきており、一部の国ではイオン飲料でシェアトップになる等、成功をおさめていることが判明。
とすると、現地パートナーと連携した事業展開の成功パターンが大塚製薬内に蓄積されていそう。
ここに大きなインパクトを与える程の新たな視点は加えにくい可能性(大塚製薬の過去の知見をもとに海外展開を続ければ順調に成長しそう)

M&Aニーズ仮説(B):北米女性の健康カテゴリ強化に向けたM&A/アライアンス強化
→深堀(1)ポイント:そもそも現状どんな取組を行っている?補足出来る要素はありそう?
→深堀(1)結果:女性の健康という”広い領域”において(領域はあまり絞らず?)、科学的根拠に基づく”技術の良いメーカー”の買収によりラインナップを拡充しているように見える

M&Aニーズ仮説(C):消費者関連事業の一部事業の売却
売上利益は小さいし、主力事業であるNC事業とのシナジーも近年は大きくない可能性?
→深堀ポイント:その場合、この事業をほしそうな事業者がいるか?シナジーを描けるか?という点がボトルネックになっている可能性があるので、ここまで仮説を持っていく
(今回のケースではここからの検討を省略)

※NC事業の方針の1つである、「ライフステージ合わせた独自の製品展開」については、ネイチャーメイド等の既存のブランドの延長的成長がベースになっていそうであり、目指す売り上げ規模も大きなジャンプではないので、M&Aニーズは相対的に強くないとし検討を劣後する

  ③-(2):2nd初期ゴール仮説構築→更なる深堀(2)

M&Aニーズ仮説(B):北米女性の健康カテゴリ強化に向けたM&A/アライアンス強化
→深堀(1)結果:女性の健康という”広い領域”において(領域はあまり絞らず?)、科学的根拠に基づく”技術の良いメーカー”の買収によりラインナップを拡充しているように見える。
→2nd初期ゴール仮説:(顧客/医師や福利厚生ニーズのある企業を束ねるPF事業のような)メーカー以外の領域にも事業機会が存在しないか?メーカーを買収するにしてもシナジーをより最大化するような”軸”を提案出来ないか? (例:まずは既存製品エクエルのターゲットである更年期層に注力し、クロスセルにより製品ラインナップを拡充する。その後、PF事業で構築した福利厚生ニーズのある企業とのつながりを強みに不妊等の他のターゲット層にも事業を拡大出来ないか?)
→深堀(2)ポイント(½):メーカー以外の領域でも注目を集めている同領域の企業/領域は存在しないか?→存在することが判明
→深堀(2)ポイント(2/2)更年期層をターゲットとした、科学的に根拠に基づくという価値観にFitしそうな製品を展開する優良メーカーは存在するか?→存在することが判明

  ③-(3):3rd初期ゴール仮説構築

M&Aニーズ仮説(B):北米女性の健康カテゴリ強化に向けたM&A/アライアンス強化
→方向性(1/2):(顧客/医師や福利厚生ニーズのある企業を束ねるPF事業のような)メーカー以外の領域にも参入して、重要アセットである顧客/医師/企業チャネルを抑える
→方向性(2/2):まずは既存製品エクエルのターゲットである更年期層に注力し、クロスセルにより製品ラインナップを拡充する。その後、PF事業で構築した福利厚生ニーズのある企業とのつながりを強みに不妊等の他のターゲット層にも事業を拡大する


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