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忙しいなら、なおさらに。
note関係者さんたちにもわりとたくさんおられる医療従事者さんですが、今回の入院騒ぎで改めて感じたことがあります。
どこの職業にも、よくあることだけど、説明不足は相手に不安な感情を与えるということを感じてほしい。
ナースコールをあえて使わない方がよいという、思いやりからの感情を抱く人もいるということを理解してほしいと思いますよ。
忙しそうに働く人を待ち受けて、そんな感情を抱く人もおられると思
おまえは、もう、死んでいる!
総合病院へ行った。
違う目的だったが「あなたの寿命は秋頃くらいまでだ!」と主治医から言われました。
そして看護師などに暴言を吐いたから、もう遠州病院では、あなたのことを診れないとも言われた。
そして他の病院へ行っても同じように、あなたは行動するだろうから、救いがないとも!
タバコが切れたら、暴言を吐くだろうし、それではどこの病院へ行っても同じだとも…!
聞いていて納得した!
過去にあっ
適当にあしらわれたみたいです。
今日部屋を掃除していたら、以前に町医者が勝手に書いた書類をみつけました。
それは「結核・肺がん検診票」というもので、そこにはボクがタバコを吸わないと記入されていました。
その上6ヶ月以内にたんに血がまじったことがありますか?の質問にも「ない」と記されていました。
聞かれたことには素直に答えていたのにです。
終ります。
それは気づかぬうちに終わったのです。
若い医師である二橋先生の後任である、これまた若い医師である伊藤先生へと担当の医師が変わってから、先生との話し合いが出きるようになり、少しずつ不安感が消えてきたから、二泊三日の検査入院の二日目に行われる内視鏡検査も「どうぞ、お頼み申しあげます。」とまで、信頼していたが、特別な部屋に通されての行為に、少し不安は残った。
薬物を吸引することで喉を麻痺させるようになっていたらしいが、なかなかに効果があら
第?時イヤイヤ期に突入したみたいです。
家族がいないから、好き勝手にやってきましたが、病との戦いの最中に自分の記事だけなら書けそうに思うけど、それ以外のことに対する集中力がなくなってきたように思えるのです。
病名が何だか知らされてないけど、腹痛は治してもらうべきだと思うので、5日の朝になったら胃カメラを飲むことにします。
それから、総合病院の中に入ると「インターネットに接続されていません!」ということになるので、これを機にしばらくn
考えさせられました。
まさか強風にイタズラされるとは思わなかったのです。
腹痛の薬が少ししか処方されなかったから、今朝一番でもらいに行きました。
その帰り道、全国的に今日は荒れた天気みたいで、ただでさえ「遠州の空っ風」で有名な浜松市ではいろんな方向から風が吹きつけました。
傘をさして帰路に向かう最中、後方からの風に身体ごと、前方に背中を押される感じで、自分の意思とは別に歩かされました。
肺がんと診断されてからは
それらは、すべて戦利品だったのか?
また過去記事になるし、父に対する怒りを書くことになります。
どうかご容赦を…。
我が家のテレビの周りには小さな人形が、いくつも置かれていたのでした。
それらは、父が手に入れてきた物ばかりだったのです。
母が特別養護老人ホームに入所して、間もなく夜になり警察から電話がかかってきたのでした。
「あなたのお父さんが万引きをしたので、身を引き取りに来てください。」
それは浜松市東区(現在の中央
未だに監視されている…?
神経科の病院で知り合った女性。
母親が社長をしていて、亡くなることにより、その立場を引き継ぐようなことを言っていた。
母親とは確執があり、母親が亡くなる時に「ようやく美味しいお味噌汁が作れるようになったね。」と言われ、よろこんだらしいが、母親が最後についた嘘なのかも、とボクは感じた。
手料理を一度ご馳走になったが「普通だな。」としか思えない味だったからなのです。
神経科の病院へと入院した原
こうなることは当然だった…?
父との年齢差は42歳、母とは36歳違いです。
「父の言い分は絶対であり、逆らうなかれ!」と母はよく言いました。
自分がそのせいで苦労させられてきたのにも関わらずにです。
思春期を迎えるまでのボクは「親の言うことをよく聞くよい子」だったみたいです。
中学生の時に「何でそんな手をしているの?」と言われ、母にそのまま伝えてみたら「茶室に行きなさい」と言われ、遅れてきた母がいきなり泣き出したことで