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肝生検の結果

診察室から名前が呼ばれた。

扉の向こうには、長年気になっていた結果が待っている。

初めて数値の異常が見つかってからもう10年以上経過しているだろうか。病院に相談に行き精密検査を受けるたびに、「少し数字が落ち着いているようだし、まだ若いから様子を見ましょう。」ずっとそう言われ続けてきた。薬も、治療も何もしてもらえなかった。

昨年の健康診断で爆発的な数値をたたき出し、お医者さんが初めて本格的な処置を施してくれた。週3で通った病院。採血、点滴、採血、点滴を繰り返し、もちろん薬も飲み続けた。それでもわからず、ついにたどり着いた大学病院で肝生検を行い、ついにその結果が扉の向こうに待っていた。

やっと原因がわかる。やっと本格的な治療ができる。

ずっと心の中にたまっていたモヤモヤが解消される瞬間に、緊張と喜びと不安が入り混じる。

と、私はそんな展開を期待していた。

2020年3月30日。

世界は100年に一度とか、史上最大とか、そんな枕詞で始まる感染病の話で持ち切りになり、小康状態を保っていた日本でも、他国のそれと同じようにパンデミックが広がりそうな兆候に、みなが恐怖と不安を覚える、そんな日々になっていた。

もちろん私もその一人だった。ウィルスに感染しないよう日々マスクをつけ、電車はなるべく各駅電車の空いている車両に乗車することを心掛け、可能な限りのテレワーク、友人と会うことやライブに行くこと、無駄なお出かけも控える日々を送っていた。

病院に向かう日も、結果をしっかり聞いて、先生と今後をきちんと相談するぞという決意と、感染リスクを避けるため、いち早く病院から立ち去りたいという気持ちが、心をざわつかせていた。

私は扉を開け、先生に挨拶をした。

いつも通り落ち着いている先生。今日はマスクをつけている。

肝生検で入院した時に先生が言っていた言葉を思い出す。「原因もよくわかっていないですから、そこまで神経質にならなくてもいいかと思いますよ。」そんな風に言っていた先生が、マスクをつけていた。まだあれから1か月もたっていない。

「肝生検の結果は……?」

私が聞くのとほぼ同時に先生が言った。

「自己免疫性肝炎かと思われます。肝臓のダメージの状況を見る限り、通常の肝臓の状態から肝硬変を4つの段階に分けるとすると、今の状態は2。肝硬変にならないよう、すぐ治療をしたほうがいいでしょう。」

病気の宣告は意外とあっさりしたものだった。

ネットで見ていたこの病気の難易度、指定難病であること、また、潰瘍性大腸炎が分かった時の説明と比べ、いたってさらりと病名が伝えられた印象だ。

病名を聞いた私も、ネットで調べすぎて目星をつけていたこともあり、「当たったじゃん、やっぱりそうなのね。」と、クイズに正解したくらいのノリで受け取っていた。

「治療というと?」

「ステロイドでの治療となり、どうするか…」

「入院ですか?」

入院だけはしたくなかった。家が大好きだし、トイレ、お風呂に気を遣う日々が嫌いだから。でも先生は入院という言葉にうなずいていた。

そして続けた。

「ただし、この社会情勢ということもあるので……」

コロナウィルスの感染拡大の影響が、この言葉に大きく含まれていること、先生がマスクを着けていたこと、私は大きく受け止めた。

医療崩壊を防がなくてはならない。ニュースで聞いたこの言葉が、ベッドを少しでも空けておく必要があるという意味に、私の頭の中で翻訳された。

お医者さんたちが足りずに患者が放置されいた海外の映像が、一人でも多くの医師を、日本での感染拡大に備えて確保しておく必要があるという描写に私の頭の中で塗り替えられていた。

そして、入院はしたくなかった。

「そうですよね。家も近いですし、もし通院でどうにかなるならそれでも……」

気が付けば私は、入院回避の逆プレゼンに入っていた。

本気で治そうと思ってたんじゃないのか自分。

当日の採血の結果はこんな感じだった。

【健康診断(10/23) → 大学病院初日(2/3) → 本日(3/30)】
総ビリルビン: 1.2 → 1.5H → 1.2
AST(GOT): 364H → 263H → 98H
ALT(GPT): 613H → 458H → 178H
ALP: 467H → 352 → 298
LDH: 292 → 221 → 167
γGTP: 276H → 115H → 73H

総蛋白: 7.5 → 8.0 → 7.8
アルブミン: 4.2 → 4.3 → 4.2

IgA: 検査ナシ → 168 → 157
IgG: 検査ナシ → 2113H → 1964H
IgM: 検査ナシ → 189 → 192
IgE-RIST: 検査ナシ → 91 → 検査ナシ

抗ミトコンドリアM2:
 判定: 検査ナシ → - → 検査ナシ
 インデックス: 検査ナシ → <1.5 → 検査ナシ

抗核抗体:
 希釈倍率: 検査ナシ → 40 → 検査ナシ
 Homogeneous型: 検査ナシ → + → 検査ナシ
 Speckled型: 検査ナシ → - → 検査ナシ
 Centromere型: 検査ナシ → - → 検査ナシ
 Nucleolar型: 検査ナシ → - → 検査ナシ
 Peripheral型: 検査ナシ → - → 検査ナシ
 Granular型: 検査ナシ → - → 検査ナシ

ALBIスコア: 検査ナシ → -2.73 → -2.70
ALBI grade: 検査ナシ → 1 → 1


「数値を見ても今悪くなっているようではなさそうだから、少し薬で様子をみましょうか。」

いたって不思議だ。根本的な治療なんてしてないのに、数値は少しづつよくなっている。検査のグレードが上がるごとに、検査しかしてないのに、数値がよくなっている。わずかながらでもウルソを飲み続けていた効果なのか。

そして、ちょっとグレードアップしたウルソを処方され、その日の診察は終了した。

いつも混んでいる病院。大学病院だから当たり前に混んでいる病院。なのにこの日人は少なかった。不要不急の外来を皆、避けているのだろうか。それとも、本当に外来に来るべき人は、実はそんなに多くなかったのか。そんな疑問さえわいてくる人数だった。

「結果どうだった?」

状況を伝えていた友達に聞かれた。

「うん。コロナのおかげで入院免れたよ。」

意味が分からない。でもそれが真実であり、私の心も今は得体の知れないウイルスへの感染を防ぎたい気持ちが、長年の不安に勝っていた。

わからないもの。

指定難病、そして、新型コロナウイルス。

見えないものは人を迷わせる。

ただし私たちは前に進むしかない。

一歩づつ。

ウーベイベー。

そんな音楽が聞こえてくる。


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