ただサボって留年しただけなのに
大学2年生に上がったばかりの頃、入っていたサークルは幽霊部員になってしまい、かと言ってろくに勉強もせず、暇を持て余してずっとだらだらしていた。
何か実りのあることをしなさいと家族に怒られたことをキッカケに、僕は仕方なく学生団体やサークルを漁ることにした。
当時ライブハウスによく行っていたので、音楽関係でなんかないかなーと適当なネット検索をしていると、音楽をはじめとした大型イベントで、運営のボランティアをする団体を見つけた。
とりあえず行ってみるかと見学会に参加した。
その見学会で、団体に入ればチケット代が高くて敬遠していた音楽フェスに無料で行けることがわかった僕は、入会届をすぐに書いた。
とてもワクワクした。
しかし、入ってみるとあまり気が合いそうな人はいなかった。
音楽好きと仲良くなれることを楽しみにしていたけれど、あまり団体のメンバーは音楽に詳しくなかった。
だから、話があまり続かない。
しかも団体には下は高校生、上は社会人までいたけれど、敬語は禁止・タメ語で話さないといけないというルールがあった。
あだ名をつけ合うという文化までもあり、それがなかなかしんどかった。
僕のあだ名はいつのまにかジョニーになっていて、さらにしんどかった。
早々にマイノリティに位置してしまったけれど、それでもなんとか温度感の近い仲間を見つけた。
2個上、大学4年生の先輩である。
先輩は坂田と呼ばれていた。
本名は、鈴木だった。
団体に入った時に苗字で呼んでくださいと言った先輩は、当時のリーダーに「ここはあだ名文化だから君だけを特別扱いしないよ」と言われたらしい。
それを先輩はアホっぽいと思ったから、アホの坂田からもじって、坂田という名前を提案したらしい。
坂田というあだ名は、すぐに承諾されたと言っていた。
あだ名であれば、この団体はなんでも良いらしい。
その坂田は、僕が馴染めていないのに気づいてから、段々と話しかけてくるようになった。
「ジョニー、マジ気味悪いよなこの集団」
少し悪い顔しながら話しかけてくる坂田と、団体の嫌なところを言い合って盛り上がるようになった。
団体に入ってから2,3ヶ月が経ち、夏休みがすぐそこに迫った頃、合宿が開かれた。
夏は、音楽にフードに、とにかく大型イベントが続くのでその決起集会的な合宿だった。
その頃になっても僕は相変わらず居心地悪く、多少話せる人はできていたけれど、本音で話せるのは坂田だけだった。
そんな僕を見かねてか、合宿の部屋割りは坂田と同じになった。
レクリエーションや今後の活動に関するディスカッションが終わり、部屋で休憩の時間を迎えたときにはぐったりしていて、坂田と2人になった時はとてもホッとした。
お互い毒を吐きあったあと、合宿のしおりに書いてあってずっと気になっていた夜のプログラムについて坂田に尋ねた。
「この"魂シェアリング"ってなんすか?」
話の流れでヘラヘラしながら尋ねると、さっきまで同じようにヘラヘラしていた坂田が、急に真剣な顔になった。
「自分の大切な気持ちを、みんなに知ってもらう場だね」
一年に一回のとても大切な時間だよ、と坂田は付け加えた。
一体、何が行われるんだろうか。
夕飯が終わってしばらくして、いよいよ"魂シェアリング"の時間になった。
大広間にゾロゾロと団体メンバーが集まってきて、円になって座った。
なんだか心なしか、みんな緊張した面持ちになっている気がする。
団体のリーダーを勤めている大学生が、メンバーがもれなく集まったのを確認すると、右手を挙げて口を開いた。
もう一方の手には、なぜかテディベアを持っている。
「いつも通り、このテディベアを持っている人が、1人ずつ話していくルールね。話した人は、このテディベアを次に話を聞きたい人に渡すこと。新しく入った子たちは、見ていればわかると思う。じゃあ、俺から始めるね」
なぜテディベアなんだろう?何か意味があるのかな?
と呑気に考えていると、リーダーはテディベアを両手に抱えて突っ伏した。
え、なに?と思っていると、うめき声が聞こえてくる。
突っ伏したまま少し時間が経ち、やっと顔を上げたかと思うと、リーダーの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
、、、なんで?
困惑していると、リーダーの両隣に座っていた女性たちも、なぜか泣いている。
そして、リーダーの背中をさすっている。
何が起きたのかわからず、僕はただただ混乱した。
「オレは、本当にこの1年間辛くて、この団体にいちゃいけないと思ってた」
涙を拭きながらリーダーは話し始めた。
「そんなことないよ、ヒデ!」
「そんなこと言うなよ、ヒデ!」
「頑張れ、ヒデ!」
リーダーを励ます声が飛び交う。
このリーダーは将来中田英寿と仕事するのが夢らしく、それが理由で自分のあだ名を「ヒデ」にしていた。
本名にヒデは含まれていない。
「将来、本当に中田と仕事ができたとき、オレもヒデですっていうの恥ずかしいわ」
と照れながら言っていたのを聞いた時は、確かにそうですねと笑顔で相槌を打ちながらも、正直何を言っているのかよくわからなかった。
中田英寿はこの男に名刺を渡されても、どこがヒデなのかわからないだろう。
にしても、ヒデがこの団体にいちゃいけない理由って、なんだろう。
「本当に辛いし悔しいんだよ、オレは」
ヒデは相変わらず涙を流しつつも、周りの励ましを受けながらようやく落ち着いてきたようだった。
そして、ついに理由を口にした。
「去年、単位が一つ足りなくて留年したのが、本当に悔しくて」
、、そんなこと?
僕は空いた口が塞がらなかった。
何を言っているんだ、この男は。
単位を落として留年して、それでこんなに号泣しているのか。
しかも話を聞いていると、病気になったでも留学したとかでもなく、普通に授業をサボって単位を落としている。
なぜそんなに自己陶酔できるんだ。
完全に、自己責任だ。
しかし、ヒデは止まらない。
「留年してる奴がリーダーなんて。ましてや団体にフルコミットしてるなんて、おかしいんだよ」
自分の立ち位置はよくわかっているようだ。
確かに、色々とおかしい。
リーダーをする資格なんてないのではないか。
ただ、情けなく留年しているくせに、フルコミットとか横文字を使っているのがプライドを捨てきれていない気がして、すごくムカつく。
「でも、みんなの声を聞いて、オレ自信ついた。頑張れそう。ありがとう」
ヒデは涙を拭いて笑顔になっていた。
切り替えが速すぎる。
違和感しかない。
しかし、励ましていた面々は、ヒデにつられて笑顔になっていた。
どうやらヒデの切り替えの速さは正解だったようだ。
僕はついていけなかった。
「これが、"魂シェアリング"です!新しく入った子たち、みんな驚いたでしょ?こうやって人に言えないような本音も曝け出し合えるのが、この団体の素晴らしいところだから」
泣いて笑って大忙しのヒデは、今度はドヤ顔で誇らしげに、テディベアを抱えながら新人たちを見渡して言った。
確かにかなり驚いたけれど、大勢の前で大学をサボり過ぎて単位が一つ足りなかったことを悔しがって泣き叫ぶのって、本音を曝け出すとかそういう類のことなのだろうか。
でも、どうやら僕と同じタイミングに入った新人の面々は、先輩たちと同じように泣いたり笑ったりしていた。
違和感はなさそうだった。
なんて孤独な場所にいるんだ、そう思った瞬間、ふと坂田の存在を思い出した。
坂田は今、どんな顔をしているんだ。
期待しながら円を見渡すと、坂田の姿が見つかった。
坂田は、タオルで目元を拭っていた。
どうやら泣いていたみたいだ。
散々、同じ感覚で文句ばかり言っていたのに、一体どうしてしまったのだろう。
結局、それじゃあアホの坂田じゃないか。
僕は坂田の様子を見て、もうおしまいだと思った。
"魂シェアリング"は、まだ1人が終わったばかりだ。
「次は、オレが一番期待している奴の話を聞きたい」
ヒデはいつもの様子にもどり、すっかりリーダー顔をしている。
テディベアは、大学一年生のしっかり者に託された。
ヒデに期待されてもねえ、と僕は思うけれど、託されたしっかり者はすごく嬉しそうだ。
その後の"魂シェアリング"も、メンバーたちは時に大笑いし、大泣きしながらどんどん結束を深めていき、僕との温度差は広がるばかりだった。
ちらちら坂田の方をみると、やはりみんなと同じリアクションをしている。
ああ、だめだこれは。
区切りのいいところでここからいなくなろう。
それが僕にとっても、この団体にとっても、良いことだろう。
テディベアが渡ってくるときを憂鬱に思いながら、僕はひっそりと決意した。
マンマミーヤ! / MONO NO AWARE