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その足でちゃんと立ってるかい?

 社会人になる、少し前からだろうか。
 ずっと、ずっと、実態のない何かを求めている。
 ただ、正体がわからない。
 地位なのか、名誉なのか、感動なのか。
 いつまでもたってもわからなくて、苦しい。
 そして、そのボヤけた実態のないゴールに辿り着けない自分がもどかしい。
 その時やりたい、達成したいと思ったことを実現したとき、充実感はある。ただ、それはあくまでも刹那的であって、少し油断すると虚無感が襲ってくる。

 なぜ、目の前のことにのめり込め続けられないんだろう。
 なぜ、迷ってしまうんだろう。
 なぜ、何が大事かがわからなくなるんだろう。
 これから先、一体どうやって生きていくべきなんだろう。

 ぐるぐる、モヤモヤと考えてしまうことはよくあった。
 ただ最近、さらに拍車が掛かっていた。
 仕事をするのが辛い。
 なんとか奮い立たせるけど、思うようにできない。

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 気持ちが上がらない日々の中で、大学時代のバイト先の柴田先輩から連絡がきた。転職することになったらしい。東京も少しずつ人の動きが再開してきたので、久しぶりに話がしたくて、飲みに行くことにした。

 柴田先輩は、学生の頃からめちゃくちゃ要領が良くて、優秀な人だった。
頭の回転が良くてコミュニケーション能力も高いので、学生ながらバイト先の社員さんからも一目置かれていたし、入るのが難しい会社で働いていた。社会人になってからも話を聞いている限りでは活躍しているようだった。

 ただ、結構な変人だった。
 僕が同じバイト先に入ったばかりの頃、柴田先輩は夜勤でお漏らしをした。
「こないだの泊まり勤務の時さー、風の音が怖くてオネショしちゃった笑
 ノーパンで大学行ってスースーして気持ち良かったわ」
 衝撃だった。
 成人してお漏らしたのになんで楽しそうなんだ。
 ノーパンでスースー?気持ち良い?

 デスクで向かい合ってバイトしている時は、いきなり白骨死体の写真を見せながら「これ怖いよねー」って笑う姿を見て、狂気を感じた。
 この人はいつか捕まるんじゃないか。


 奇妙な言動を繰り返す柴田先輩。
 ただ、めちゃくちゃ優秀だけど決して誇示することはないし、人を傷つけているのはみたことが無い。優しさが溢れていて、一緒にいると居心地が良くて、もうすぐ10年近い関係になる。

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 遠慮なく何でも言えてしまう柴田先輩に、お好み焼きをつつきながらストレートに疑問をぶつけた。
 「会社員になってからも順調そうでしたけど、なんで転職するんですか?」
 先輩はしみじみと言った。

 「オレ、一生仕事なんて楽しいと思えない、そう気づいちゃったんだよね」

 びっくりした。
 なんだかんだで、だるいとか言いながら内心は忙しい仕事を楽しんでいるタイプだと思ったから。しかも、転職先はあまりハードではない、定時には帰れる会社だった。給料も結構下がるらしい。

「オレの中でさ、奥さんと過ごす時間がすごく大切でさ。
 それと、友だちとか、太みたいな後輩ととこうやって楽しく過ごす時間がさ、人生で一番なんだよ。」

 僕はその言葉を聞いて、とても嬉しくなった。
 この人と、バイト先の関係がなくなってからも、こうして飲めることが嬉しい。

 同時に、僕が感じるモヤモヤの理由がわかった気がした。
 僕は、自分にとって一番大切なものが、何なのかをわかっていないんじゃないか。

 帰ってから、僕は自分が大切だと思ったもの、好きなものをノートに箇条書きで書きなぐった。とにかく思いつく限り。

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 家族、友人、マリノス、日産スタジアム、二郎、祭り、西加奈子、横浜、品川、夜の散歩、映画館、ライブハウス、クリープハイプ、マカロニえんぴつ、、、、、、、

 書き出すと100個以上あった。

 とても嬉しかった。
 僕にはこんなに大切なものがある。
 キラキラした道を歩くことはできなかったけど、こんなに好きなものでノートを埋め尽くせる人生は、僕の誇りだ。
 いろんな人やモノから、勇気をもらって生きている。

 同時に、こうも思った。
 僕は、人から受け取ってばかりだ。
 僕も、誰かにちゃんと渡したい。
 っていうか、それがもともとやりたかったことじゃないか。

 最近、より一層、仕事がしんどくなっていた理由がわかった。
 きっと、会社から明確な数字目標とともに、具体的な昇進の話を持ちかけられたあの日からだ。本当は好きではないのに、利益を残すこと・売上を作ることを最優先して、目の前の人やモノが見えなくなっていた。

 僕が苦しくなるのはいつも、周りからの評価とか、客観的な違う指標がふとした瞬間に入り込んできて、それが一番かのように感じてしまうときだ。

 自分が大切だと思うことを、大切にしよう。
 自分の足で立つようにしよう。
 目の前にあるものを愛そう。

「ハロー、絶望
 その足でちゃんと立ってるかい?
 無理にデタラメにしなくてもいいんだぜ
 僕らに足りないのはいつだって
 才能じゃなくて愛情なんだけどな」

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 少しずつ、目の前の景色が変わってきた気がする。

「ヤングアダルト」/マカロニえんぴつ

<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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