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さらば! 椎名町の隣人よ
私には密かに好きな隣人がいた。それがマンションの大家さんである松本さんだった。年齢は70歳くらいか、あまり詳しいことはわからないが、品のある女性だった。
松本さんはおそらく旦那さんと二人暮らしで、いつも私とパートナーが住むマンションの共用部を掃除してくれた。そして、共用部には観葉植物が飾られ、季節に合わせたお花が置かれることもあった。また、クリスマスやハロウィーンのときにはそれに合わせた飾りもされていて、なんとなく実家の母を思い出す人だった。
私が不動産会社で働いていたころシフト制で平日休みだったこともあり、平日の日中に掃除をしている松本さんと出くわすことが多かった。「あら、ひさしぶりね」「こんにちは」。そのくらいのやり取りしかしないが、なんだかこの街に根付いて暮らしているのだなと感じる瞬間だった。
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私とパートナーは男性二人で、しかもお互いをパートナーと公言して暮らしているため、法的に結婚ができないこの日本で穏やかに過ごすためには、近所付き合いが重要だった。そして、東京にゆかりのないパートナーにとっても、東京に全くの顔見知りがいないのは不安だなと勝手に私が感じ、挨拶やお土産を渡すときにはことごとく連れて行っていた。
そのおかげもあり、松本さんは私と私のパートナーを認知し、挨拶をしてくれる人になったのだ。そしてパートナー同士であることも伝え、松本さんは「そうなのね」くらいで特に突っ込んでくることもなかった。それが本当にありがたかった。
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私は東京で生まれた。近所の人たちはそこそこ入れ替わりがあり、その影響かあまり近所付き合いにも興味がなかった。ただ、近所付き合いを大切だなと感じるようになったのは、3月11日からだったように思う。
津波でたくさんの人が亡くなった。その現場に大学の研究や仕事でいく機会があり、さらに被災者の人と話す機会もあった。そして東日本大震災のニュースを幾度なく読んだ。被災者の人の話やニュースでよく聞いたのが、「近所での助けあい」だった。
「近所の人が避難しろといってくれたから」「高台まで運んでくれたから」そんな声を聞き、困ったときには遠くの親戚より近くの他人という言葉が身をもってわかったのである。
私はそんな体験をもとに、近所との付き合いを大切にしないといけないと感じていたのだと思う。実際に災害や困りごとに巻き込まれることはなかったが、マンションで異臭騒動が起きたときには松本さんと話したり、ゴミをいつ出すかなどもしっかりと話し合うことができていた。少なくともトラブルになるようなことは一度もなく、松本さんの窓の開け閉めの音がうるさくても、「きょうも元気ね〜」とパートナーと笑ったりしていた。
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転職をして引っ越したが、近所の人に挨拶したり、信頼関係ができるように振る舞うことはやめていない。松本さんが私になんとなく寄せてくれた信頼が、私とパートナーにとっては大きな安心を与えてくれたという経験があるからだ。
ギスギスしたニュースや話が聞こえてくる世の中だが、まずは自分の足元で近くの人と手を取り合いながら生活をしたいと思う。