忘れることのない冴えなくて大切な夏の日
在宅勤務で会議が続き、合間に重めの資料制作をしないといけなかった日の夕方。
睨めっこしていたパソコンの画面から目を離すと、肩も腰も目も痛くなっていた。
最近疲れが取れづらくなってきた気がしてはじめたストレッチをせっせとやっていると、家の窓から隣の敷地の木々が目に入った。
いつもは意識して見ることも少ないけれど、とても鮮やかな色だ。
それに、綺麗な青空も広がっていた。
時間を見ると、まだ6時前。
最近は陽が昇っている時間が長くなって、夕飯の準備をしているときなんかもまだ明るかったりする。
気持ち良いなあ。
でももうすぐ梅雨だなあ。
梅雨が明けると暑くなって嫌だなあ。
そんなことを考えていると、ふと8年前の夏の日の記憶が蘇ってきた。
新社会人になったばかりだった僕は、このとき東海地方のとある小さな街に住んでいた。
梅雨が明けて、夏が本格的になってきた頃。
あの日も、新緑の木々と青空が広がっていた。
2014年7月21日の思い出だ。
この日は三連休の最終日だった。
その前々日である三連休初日、前日である三連休2日目はかなり冴えない日だった。
初日は、電車で3時間近くかけて大阪にサッカーを観に行った。
応援していたサッカーチームは、試合終了1分前に同点に追いつかれた。
夜は同期の家に泊まって、ひたすらサッカーチームと仕事の愚痴を言い続けた。
2日目の朝、同期とは別れて、昼過ぎからはその少し前に知り合った大学生の女の子となんばでデートする予定だった。
映画を観た後に飲みに行く予定だったけど、同期と別れてなんばに向かう電車の中でドタキャンの連絡が入った。
新しい土地での生活にも仕事にもなかなか馴染めていなかったからせめてプライベートだけは充実させたいと気合十分だった僕はかなりガッカリしてしまって、なんばに着くや否や、ファミレスに入ってお酒を飲んだ。
ファミレスを出てからブラついていたけれど、知り合いのいない、都会の街はすごく居心地が悪かった。
ホテルでも取って泊まっていこうかと思ったけれど、お金の無駄かと思い直して、帰ることにした。
ホテルに泊まらない分、帰りは早く帰ろうと特急のチケットを買った。行きの半分の時間で、自宅の最寄駅まで行ける。
その間に、電車の中でロング缶のビールを3本開けた。
家の最寄駅に着いた頃にはかなり酔っ払っていて、切符を無くした。
小さい頃に切符を無くしたと申告したらそのまま出ていいよと駅員さんに言われたことを思い出してお願いしてみたけれど、冷たい目であしらわれて、二倍の料金を払うことになった。
自分が悪いけどムカついて、駅員の顔と名前を覚えておこうと思った。
改札を出てからもむしゃくしゃが止まらなくて、途中のコンビニでお酒を何本か買った。
買ったお酒は、帰り道と自宅で、その日のうちに飲み切ってしまった。
そんなことをしていたから、目覚めが本当に最悪だったのが7月21日の朝だ。
頭は痛いし、胃がもたれている。
がっつりと二日酔いだった。
今日はゆっくりしよう。
でも掃除ぐらいしなきゃと部屋で掃除機をかけていると、ファミリーマートのチケット入れが見つかった。
ファミリーマートでライブやスポーツのチケットを発券した際にもらえる、あれである。
中身を見てみると、
「andymori ひこうき雲と夏の音」
と書いてある。
日付は今日で、会場は大阪城野外音楽堂だった。
完全に忘れていた。
そうだ、このチケットを取った時は三連休はずっと大阪にいようとか考えていたのだった。
行くか、かなり迷い始める。
めちゃくちゃ二日酔いだし、大阪遠いし、昨日までの大阪滞在は良い思い出がない。
切符を無くしてお金も無駄に使ってしまったし、行くのは癪だ。
ただandymoriは見たかった。
彼らはこの年に解散することが決まっていて、大阪でのラストライブだった。
これを見逃すと、一生見る機会がない。
しかし座席を見ると、後方立ち見席と書いてある。
このコンディションで、ライブを立ち見するのは厳しそうだった。
やっぱやめるかあ。
でも、ラストだしなあ。
外出して、チケットを持って駅に向かって歩きながら決めることにした。
二日酔いでも腹は減って、前日に酒をたくさん買ったコンビニでおにぎりを買った。
店の前でむしゃむしゃ食べて、しばらく歩いていると、なんだか元気になってきた気がする。
駅に着いたので思い切って改札をくぐった。
昨日の駅員を探してみたけれど、見つからなかった。
お金をケチって、特急を使わずにまた時間をかけて行くことにした。
車内では、スマホを見ていると吐き気がしてくるので、ずっと窓から風景を見ていた。
僕が住んでいる街から大阪に行くまでは、ちょっと前まで住んでいた東京では見られなかったような風景が広がっている。
青空の下に、一面に広がる田圃や、山道。
木々が生い茂り、民家もちらほらしか見えないような場所だ。
随分、遠くまで来たんだな、と思った。
僕が住む環境は、ガラッと変わった。
いつか、この風景を懐かしく思うような瞬間が来るんだろうか。
そういう未来が、あまり想像がつかなかった。
しばらくして、電車の窓から見える風景は都会っぽい場所がちらほら見えるようになってきた。
空いていた車内も、人が増えてきている。
人が増えてくると、昨日のドタキャンされた女の子のことを思い出した。
何ラリーかして、リスケしませんかという話になってから、返事が来ていなかった。
既読マークもついていない。
電車は鶴橋に着いた。
僕は乗り換えをして、環状線に乗った。
私鉄に乗っていた時より、人の数がさらに増えて、座ることはできなかった。
たった二駅だけど、まだ二日酔いが抜け切っていなかったので、ちょっと辛い。
森ノ宮に着いて少し歩いて、会場に着く。
記念にグッズを買った後、すでに開場していたから中に入った。
席は本当に後方だった。
指定席がずらっと並んだ後ろに、ロープで仕切りみたいなのがあって、そこに人が敷き詰められていた。
ムワッとしていて暑いし、人が多くて汗ばんだ腕が接触するし、自分の前に背の高い男の子がいてステージは途切れ途切れにしか見えない。地面は芝生で少しぬかるんでいて、スニーカーが汚れてしまっている。
こんなんだったら来なくても良かったかも。
後悔し始めていた。
この三連休は、徹底的についていない。
っていうか、東京を出てから、東京を出る前に辞令を出されてからずっとついていない。
一体、僕が何をしたというのだろう。
知らない土地で、せめて休日くらいは楽しませてくれたっていいのに。
何もかもうまくいかない。
周りのお客さんたちは、連れあって来ている人が多くて、楽しそうにしている。
知っている人も、見慣れた場所も少ないのは、こんなに心細いものか。
どうせ知り合いもいないしと思って、もっと後ろに移動して子どもみたいにしゃがみ込んで待っていると、SEが鳴って歓声が上がった。andymoriが登場したのだ。
さすがに立ち上がってみたけど、ステージはほとんど見えなかった。
なんだかなぁと思って、結局座って聞くことにした。
僕の視界には、人の背中と、夕方に向かい始めた青空しか映っていない。
すると、懐かしい前奏が聴こえてきた。
ずっとずっと慣れ親しんだ東京で聴き続けていた、andymoriの中で一番好きな曲。
一曲目は、「1984」だった。
本人たちが見えない分、歌詞がいつも以上に入ってきた気がした。
そして聴こえてきた冒頭の歌詞で、僕の大学時代まで続いた青春は終わったんだな、なんて思った。
andymoriの最後のライブなのに、僕は自分のことばかり考えている。
こんなダメな三連休、早く忘れてしまいたい。
でも、さっきの電車からの風景もそうだけど、いつか懐かしく思うような日が来るんだろうか。
何年後かには、あの頃は若かったけど、今は幸せだなあ、とか思っていられるんだろうか。
そう思えるかはわからないけれど、andymoriのラストライブに行ったこと、その一曲目が一番好きな曲「1984」だったこと、それを地べたに座り込んで青空を見上げながら聴いたことは、多分これから先も忘れない。
本人たちの姿を見ておかないと後悔するかもしれない。
抜け切らない二日酔いの身体に鞭打って、曲の途中で立ち上がることにした。
1984 / andymori
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