荻窪の本屋や食堂と同じように、僕の日常も着実に前に進んでいる
ちょうど3年前、当時住んでいた家から一時間近くかけて、奥さんと一緒に自転車で荻窪まで行った。
目的地は、前から気になっていた本屋Title。
足を踏み入れて、じっくり本棚を見回して、いくつか本を買って、すこし店主の辻山さんとお話して、「ひょっとすると、ここが一番好きな本屋かもしれない」と思った。
今じゃ独立系の個人書店に行く機会は増えたけれど、チェーンの新刊店やブックオフばっかり行っていた身からすると、棚がものすごく魅力的に見えた。
ちなみにこの時買ったのは、文芸誌や気になっていた小説を何点か。
それと、益田ミリさんのエッセイだった。
その後夫婦で益田ミリさんのエッセイを集めて読み始めたのは、たまたまこの日手に取って買ってみたのがきっかけだったりする。
店を出たときは昼時で、お腹が空いていた。
ご飯屋の目星を付けていなかったので、お店をキョロキョロ探しながら、とりあえず自転車を走らせた。
大通り沿いを走ってみたけど、コロナで休業しているお店も結構あって、なかなかピンとこない。
自転車を駅前に置いて、線路を挟んで逆方面を探してみることにした。
しばらくグルグル歩いていると、路地の奥まったところに定食を食べられるお店があるのを見つけた。
テンポラネオ食堂という名前だった。
少し勇気がいる雰囲気で、奥さんはちょっと躊躇っていたけれど、お腹が空き過ぎていたので、入ってみることにした。
店内はこぢんまりとしていて、男性の店主が1人で黙々と料理を作っていた。
すぐに2人とも座れたけれど、ほぼ店内は満席。
向かい合わせの席はなくて、コロナ対策がバッチリですごく安心した。
メニューは日替わり定食ひとつだけだった。
最初に口に運んだお味噌汁は、すごく優しい味だった。
ポテトコロッケもいわしも美味しくて、ご飯が進む。雑穀米はちょっとした食わず嫌いをしていたけれど、歯応えがあってこちらも美味しい。
酢の物も、ぬか漬けも、箸休めにちょうど良かった。
丁寧に作られていた一つひとつのご飯がすごく美味しかったことに加えて、黙食が徹底されていた店内で、一人ひとりのお客さんがそれぞれのペースで定食をもぐもぐ食べていることに、とても心地よさを感じた。
当時、プライベートでも仕事でも外に出る機会が少なくて、人とリアルに接する機会が少なかった。
コロナで多くのものと分断された環境にいると、自分の時間は、はたまた世の中の時間は、ひょっとするの止まってしまったのではないかという感覚になることがあった。
だけど、荻窪の本屋も、定食屋も、定食屋に来ているお客さんも、時間は止まってなんかいなかった。
緩やかに、着実に進んでいることがわかった。
この日からしばらくの間、僕は自宅の机で仕事の合間に、スマホでよく本屋Titleやテンポラネオ食堂のツイートを見た。
今日も、荻窪では1日がはじまり、時間が流れている。
そう思うと、奥さん以外とはパソコン越しにしか人と会わない自分の生活も、ちゃんと前に進めている感覚になった。
僕も朝になれば起きて、ご飯を食べて、仕事を始めて、疲れたら休憩して、夜になったらテレビを見て、眠くなったら寝ている。
開店して、閉店して、その毎日は似ているようで、同じものはない。
今ではすっかりコロナ前のような世の中に戻ったけれど、自分が過ごす時間をちゃんと噛み締めて生きたいなと最近はよく思う。
そんなことを考えると、僕の頭にはコロナ禍の荻窪が頭に思い浮かぶのだ。
Perfect Days / ELLEGARDEN