皇居ランをサボる方法
10数年前に通っていた高校には、体育や部活で皇居ランをする悪習があった。僕はそれが嫌で嫌で仕方なかった。
サッカー部への入部当初、「うちの高校、外周が皇居ランだからな」と誇らしげな顔で話す先輩に「何キロぐらいあるんですか?」と質問すると、「距離はわからないけど20~30分?一番遅い奴は追加で走らされるよ」と答えてきたときは絶望した。
小学校のサッカーチームで吐くまで走らされた経験がトラウマで、「高校のサッカー部は弱いし、走り込みも楽だろうなあ」と高を括っていた僕は、その時点で辞めようかと思った。
実際に走ってみると、アップダウンがあるし、先輩が「もっと速く走れるだろ」と後ろからネチネチ煽ってくるのが本当に嫌だった。
皇居ランがある日は、学校に行くのも本当に憂鬱だった。
雨が降って皇居ランが中止になると、涙が出そうになるくらい嬉しかったけど、そんな都合の良い日はなかなかなかった。
皇居ランの悪いところは、ショートカットするような脇道もなく、嫌がらせのような逃げ場のない円周のランニングコースが続くことだ。
皇居ラン以外の部活の外周コースではショートカットする道を執念で見つけていたけれど、皇居ランだけはどうすることもできず、サボる方法を見出すことができなかったのだ。
だから皇居ランの絶望感は半端ではなかった。
ただ、転機があった。
部活の代替わりで、自分たちが最高学年になったある日のことだった。
皇居ランに行く前の憂鬱な時間を汚い部室で過ごしていた時、同級生の中井が「俺、皇居ランのサボり方知ってるよ」と話しかけてきた。
皇居ラン以外の外周コースを見つけた同級生である。
そんなことできないだろと言うと、「皇居ランもやろうと思えばショートカットできるんだよ」と言い放ち、「とりあえず俺のそばにいればわかる」と自信を見せた。
訝しみながら、スタート地点で中井の隣にいることにした。
キャプテンの掛け声で数十人の部員が一斉に走り始めると、中井はめちゃくちゃゆっくりと走り始めた。
気づけば僕と中井は最後尾である。
走る速度も非常に遅いので、ほかの部員の背中がどんどん遠くなっていく。
その様子をしばらく眺めていると、中井がふと「もういいだろ」と言って切り返して、走ってきた道をスピードを上げて逆走し始めた。
「え!?」と言いながら僕は後を追う。
「どこ行くんだよ」
「いいからついて来いって」
スタート地点であり、ゴール地点でもある場所を通り過ぎて、中井と僕はしばらく走り続けた。
走って少しすると、中井はスピードを落として前方の茂みを指して言った。
「あそこに隠れるぞ」
割と生い茂っている茂みがあった。
「あそこに隠れて、みんなが過ぎたのを確認してから、あたかも一周ちゃんと走ったかのような顔をしてゴールするんだ」
屑極まりないアイディアだった。
中井は足が速いし、体力も平均以上だ。足が遅くて体力もない僕とは対照的で、皇居ランをサボる理由がわからなかった。
ただ対照的なスペックにも限らず、サボりたい気持ちは僕と同等か、それ以上に強いことはわかった。
中井のアイディア通り、僕らは茂みから部員たちがぜえぜえ言いながら走っていくのを眺めた。
茂みって意外と気づかれるのでは?と思っていたけど、みんな気づかなかった。
「これめっちゃいいじゃん」
と僕は中井にへらへらしながら言った。
「いつからこれやり始めたの?」と聞くと、「俺らの代になってから。後ろから煽ってくる先輩がいなくなったからできるじゃんって」と笑いながら言うので、中井は本当にどうしようもないなと思った。
ただ、完璧なサボりプランに思われた最後の最後で、詰めの甘さが出た。
一番体力がなさそうな後輩部員が通り過ぎたので茂みから外に出ると、別の後輩が後ろから走ってきたのだ。
軽蔑した目を向けて「本当に屑だな」と吐き捨てて僕たちの前を走り去った。
僕は少しひるんだものの、中井は「口止めしないと」とへらへら笑っていた。
その後、二人して一生懸命走ってきたふりをしてゴール地点に合流した。
これが、皇居ランをサボる方法である。
後輩の軽蔑した目は痛かったけれど、この日以降も中井としばしば皇居ランをこの方法で乗り切り、なんならサボりに参加するメンバーはどんどん増えた。
そんなふざけたことをしていたにもかかわらず、僕はその10数年後に会社の同僚と皇居ランを走った。皇居が職場から結構近いのである。
最初は誘われてしぶしぶ走ったけれど、思いのほか仕事前に走るのが気持ちよかったので「これを機に継続的に走ることにしよう」と意気込んでしまい、何度か走った。
ただ、僕は徐々にテンションが落ちていった。
運動不足の30代にとって、皇居ランはとんでもなくキツいランニングで、一回走っただけでその日の仕事や生活に支障が出てしまうのだ。
それに加えて、走りながら茂みに隠れていた10代の自分を毎回思い出してしまい、無力感に苛まれてしまうのは精神的な負担となった。
10代にちゃんとした成功体験を積んでおかないと、こうなってしまうのだ。
結局、一度適当な言い訳で同僚の誘いをかわしてサボってしまうと、今は皇居ランにいかなくなってしまった。
社会人になって歳を重ねると、サボる人に対して「本当に屑だな」と言ってくれる人もいなくなる。
皇居ランは、本来サボらないほうが絶対良いのだ。
逆走 / THE OTOGIBANASHI'S
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