【うつ闘病記】地宙人、家を買う - 02_弾かれ者の決意

 会社に入社して一年後、ボクは結婚した。相手は大学一年のときから付き合っていた女性で東京都荒川区出身である。歳は五歳年上で、姉さん女房である。俳優のピン子さんに似ていることから、「ピンちゃん」の愛称で呼ばれている。
 出会いはアルバイト先のオモチャの大型量販店である(わかります?)。向こうは数ヶ月先に働いていて、担当セクションとしても管理部門(仕事の出来るエリートなんです)であった。
 私はここでも仕事の要領がわるく、ピンちゃんには散々お世話になった。ピンちゃんは自分の好みの相手には甘く、それ以外の者には徹底的に厳しい性格であったが、ボクは幸運なことに前者であった。ボクの容姿が好ましいこと(これは好みの差があるので何とも言えませんよね)、仕事の出来なさ具合が放っておけないこと、また共通の話題が多いこと(家族で食べに行く上野の中華料理屋やピンちゃんの地元の熱帯魚店へ昔からボクも通っていた等)が重なり、どちらがといいうこともなく親しくなっていった。
 決定的だったのが、ボクが親戚の葬式でピンちゃんの地元へ行った際(父の実家がピンちゃんの実家に近いため斎場もピンちゃんの地元なのだ)、ついでだからと風邪気味を押してサシで飲みに行ったのだが、まだ酒の飲み方もわからない青二才は容易く酔いつぶれ、そんなボクを介抱するために、ピンちゃんの家に泊った拍子になし崩し的に男女の関係となってしまったことだ。
「責任を取れ」
 これが後日ピンちゃんから言われた言葉だ。その後、ちゃんと責任を取って結婚したのだから、もっと褒められても良いように思うのだが。
 実を言うと先ほど「別れた彼女」というのもピンちゃんで、大学院の最後から入社数ヶ月まで一旦別れていたのだ。というのもピンちゃんはピンちゃんで、両親の離婚やら結婚願望やら仕事の多忙やらで精神的に不安定になっており、違う人生の選択肢を模索したいとか何とかの理由があったと聞いている。
 しかし、二人の関係は切れずに付かず離れずといった具合で、そのうち、じれったいからもう結婚ね、といった具合となったので、まったくロマンチックでもなんでもないのだが。
 ともあれ、二人は結婚して、二人でつつましく暮らしを始め、結婚式をして、数ヵ月後にはありがたくも子宝にも恵まれた。
 妊娠中、夫婦の間でチャットアプリのスタンプで逆さになって「あうあう」言っていうるキャラクターが流行ったため、おなかの中の子供のことを「あうちゃん」と呼ぶようになった。
 途中、ピンちゃんの体重制限などでピリピリした日々もありつつ、仕事の三ヵ年プロジェクトのシステム稼動と同時タイミングで子供が生まれた。元気な男の子だった。かくして、「あうちゃん」改め「あうくん」と呼ぶようになる。

 私たち家族が暮らすマンションは、以前から度々、生活音の苦情があったりして(こちらとしては普通の生活をおくっているだけのつもりなのに)、非常に息苦しい思いをしていた。その回数は徐々に増えてきていて、完全にマークされていた(怖い)。そこにきて、これから赤ちゃんが暮らすとなると、今後さらなる苦情がくるであろうことが予想された。また、あうくんが大きくなれば、走ったり跳ねたりして、どうしても生活音は大きくなる(実際、上の階の家族の足音は結構うるさかった)。そんなことを悶々と考えていたところ、ピンちゃんが目を輝かせながらあるチラシを持ってきた。そこには「建設計画」の文字が。
「うちの実家のすぐ裏に、新しく戸建ての家が建つんだよ!ねぇ、こんな都合のいいところに新しく家が立つなんて今後ないよ!説明聞きに行こ!」
 ボクが家を買う……?自分の人生で思ってもみないことだった。そんなこと可能なのか?今までの人生で最高額の買い物といったら二十数万円の原付バイクだけ(別途、大学の奨学金の借金は数百万あるが)。そんな自分が家なんかを買えるのだろうか。
 自信はなかった。だけど、挑戦してみようと思った。なぜなら今の(そして今も)ボクの幸せは、家族三人、幸せに暮らすことだったからだ。そのための「場所」が必要なのかもしれない。
 かくして、近隣苦情問題を抱えたボクらは半ば弾き出されるような形で、「家を買う」という夢に向かってひた走ることになった。その道すがら、人生のさまざまな山や谷を越えてゆかねばならないなんて、この時はやはり知らないのであった。さらには、その結果としてボクの人生が、がらりと変わってしまうだなんてことは、想像もしていなかった。


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今まさに「仕事が辛い人」「メンタルヘルスで退職した方」には参考になるお話ではないかと思います! また、メンタルヘルスではないけれど、会社の同僚や部下を持つ管理職の方そして障がい者雇用の定着支援を行う人事の方などにも参考になる情報があるかもしれません! ★アピールポイント★ 私は「中央公論」という歴史と威厳のある(お堅い汗)雑誌の読者コラムに採用され雑誌に掲載された経験があります。このマガジンの文章はもともと「出版用」に執筆したコラムであり何社かに原稿を送りあと少しで出版まで話が進んだ内容です!

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