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56冊目*義経じゃないほうの源平合戦(白蔵 盈太)
鎌倉なんか、来るんじゃなかった。蒲御厨で静かに暮らしていた範頼は、命の危機を感じて頼朝のもとへ来るも、会って早々、兄の怒りに触れ言葉も出ない。ちくしょう、怖すぎるだろ、この兄さま。打倒平家に燃え勇猛果敢に切り込んでいく弟の義経を横目に、兄への報告を怠らず、兵糧を気にする自分の、なんと情けないことか。頼朝と義経、二人の天才に挟まれた平凡な男、源範頼の生きる道。
じゃない方、だって頑張ってるんだい!
じゃない方である。
男女の立ち位置で言うならば、だ。
名前は変われど考えは生まれる前にあった「男女雇用均等法」で男女平等というものが叫ばれていたにも関わらず、何時代かの香りが名残惜しそうに残っていた時代。両親はそうでなくとも親戚や世間は漂う「こうあるべき感」。いや、彼らもなかなかこびりつくそれに逃れられない部分もあったかもしれない…。
「女」というだけで、なんとなく「じゃない方」感が生まれていた気がしてならない。その代表格として学校の理事長が放った「良妻賢母であれ」という言葉。夫のため、子のためと家庭を良くし守らなければなりません、だと!?
社会人になったとしても家庭に入ることが前提の言葉だったと思う。当時の私は、それについて「おや?」と思った程度で何も抗うことをしなかった。まあ、未来を激甘に考えていた私にとっては都合のいい言葉だったのかもしれない。
さて本著のじゃない人、範頼はどうだろう…。
彼本人は天才に挟まれた凡人だという。
ちなみに私は鎌倉時代界隈がどうも苦手だ。
コロコロ入れ替わるし、突然の北条!!でお手上げ状態だった。それ以前も馴染みがなさすぎてずっと資料集の明治大正の写真ばかり見ていた気がする。
なので、親戚の方が自費で調べ上げた家系図を見て驚愕…頼朝と深い関わり、というか島流しにあった時にちょっかいを出した時のそれから派生したのが我ら一族と書いてあったからだ。
嘘か誠は知らないけれど、もしそうならばロマンがある。興味なくしててごめんと言っておこう、とりあえず。
極め付けは、舞台に立っていた時代。
本著にも登場する「鵯越」を扱った作品に携わったこともある。部下として鵯越したのだったがその時に「範頼兄さん」と言うセリフが飛び交い誰のことー???と思いつつ飛び降りてたこともあるので、あ、この人か!?と、ん十年ぶりに初対面した気持ちだった。
範頼兄さんが大変に身近になったのだ。
物語というものは、歴史上の人物に血が通う。
そうじゃないかもしれないし、自分の思い描く人物像とかけ離れているかもしれないが、それでもその時の事実だろうと思われる事柄のみを説明されるよりも突き刺さるものがある。
その人個人だけを追求するには短すぎる歴史の授業時間。そもそも歴史とは先人たちの知恵を借りて人生や社会をより良くするための学問だとつい最近知った。
それを学生の頃にあらかじめ伝えられたら見る目が変わっただろうか…。わからない。ただ、義務という言葉の履き違えで学校が苦痛を与える機関になっているのならば本当に勿体ない。
実際、わたしは学生時代が苦痛だった。
何がどうというわけではないが、「出来ない」を証明するために通うものと思ってしまったのだ。
じゃない方感に併せての出来ない証明。
一体わたしは何をしてきたのやら。
じゃない方なんて言わせない!
とまでは、息巻くこはできなくとも私らしい生き方で歩むことができるだろう。範頼兄さんも彼らしく振る舞って時代を生きてきたではないか。
歴史の教科書では登場してこなかった範頼兄さんによってほんの少しの勇気をもらえた。あの時の拗ねて捻くれた私に教えてあげたいな。それこそ「なんとかなるもんだ」である。
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