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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第19話「月の光に照らし出される刃」

廣瀬は、大石鍬次郎の「抜刀」の号令がかかると、無意識に鯉口を切っていた。

今までの震えが嘘のように止まった。

いつもの稽古のようにゆっくりと刀を抜く。刀身が、妥協を許さない現実の光を放ちながら、弧を描いて目の前で直線に変わる。

剣先だけが、月の光を受けて、名もない星のように弱々しく光る。

廣瀬はそれをゆっくりと頭上に高々と持ち上げる。

刀を上段にとるのと同時に、頭の中を怖さより冷たいものが、すっと通り抜けて、雑念が消えた。

「前進」

大石が号令と同時に一歩前に足を出した。教練の通りに他の隊士も続く。

目の前の三人組が斎藤さんと話しかけた途端、飛び上がるように後ずさりした。真ん中の男が、振り返った。

その顔は紛れもなく中岡慎太郎だった。

月の光に照らし出される引きつった顔。

「よし」

大石は薄ら笑いを浮かべたが、廣瀬他誰もが、それを窺うことは出来ない。

柄の握り手を確認する時に出る、鍔が鳴る音があちこちで聞こえた。

相手との距離があと九間までになった。大石は足を止めた。

「目標は、中岡のみ。援護しろ」

相手が三人の場合、この命令が出ると、自分の目の前の相手が斬り掛かってきたとしても、中岡だけに攻めを集中させなくてはならない。

当然、先攻めの左右の二人は、傷を負う確率は高くなる。

廣瀬は、覚悟を決めた。

               つづく

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大河内健志
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