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No.1494 ファイト!

『百人一首』56番は、和泉式部の「あらざらむこの世のほかの思ひ出に…」の歌です。自らの病気が重くなり、病床から恋人に送った歌とされます。藤原道長から「浮かれ女」と評される恋多き女性だったことはつとに有名ですが、その恋人が誰を指すのかは不明だそうです。
 
その和泉式部には、
「もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂(たま)かとぞ見る」
という情熱的な歌もあります。洛北鞍馬の貴船神社に詣でた式部が、みたらし河の沢の蛍の乱舞を観て詠んだといいます。誰への苦しい恋心だったのでしょうか?思い悩む式部には、その蛍の光が自らの体内から抜け出て浮遊する魂のように感じられたといいます。身体から魂が出るということは、死ぬということでしょうから、その恋は、死ぬほどに切ないものだったと思われます。蛍は、古来より、明滅しながら人の心も投影していたようです。

今年、1月19日に実施された大学入学共通テストの化学の問題で、清少納言の「枕草子」の一節が出題されました。2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」でも描写された「枕草子」の一節です。日本人にはおなじみの「春はあけぼの」の段が題材となったことも背景にあるのでしょう。
 
その「化学」の第2問の問1にありました。
次の記述で「化学発光でないもの」はどれか①~④のうちから1つ選べというものです。試験では太字の部分は下線が引かれた部分です。(文章は、適宜抜粋しました)
①鑑識がルミノール反応による光を利用して血痕を検出した。
②ブレスレット(腕輪)型のケミカルライトが光っていた
ネオンサインの光は人々を魅了した。
④また、ただ一つ二つなど(蛍が)ほのかにうち光りてゆくもをかし。
 
そこで、調べました。
①「ルミノール反応」とは、ルミノールと過酸化水素水が反応して青く発光する反応。血痕の検出に用いられるということで、「化学発光」が起きています。
②「ケミカルライト」とは、熱をほとんど出さない効率のよい化学発光で、おもちゃなどに使われているということなので、やはり「化学発光」が起きています。
④蛍の発光は、体内のルシフェリンという物質がルシフェラーゼという酸素と化学反応することで起こるそうなので、これも「化学発光」が起きています。
唯一「化学反応ではないもの」は、③でした。
③「ネオンサイン」(ネオンライト)は、電気的なエネルギーによって引き起こされる物理的な発光現象であり、化学発光ではないそうです。
ヘーボタン、いただけますか?
 
私には、笑えるほどユニークな良問だと思いましたが、「化学」の問題に「古文」が出てくるのはミスマッチ、あるいは苦手な「古典」への拒絶反応(?)から、SNS上では意外な反応が飛び交ったそうです。いわく、
「化学で古文出すな、国語で実験するぞ」
「和歌で化学反応式書くぞ」
「古文で熱化学方程式解かせるぞ」
「古文で滴定するぞ」
中には脅迫まがいの、それでいて十分に楽しんでおられるような感想が伺えます。むしろ、当たり前にしか考えていなかったことに思考のメスを入れた興味深い問題だと思いました。

ところで、「滴定って、何???」
伸びきって、錆びきって、呆けきった爺さんの脳細胞には、「滴定」の言葉の欠片も残っておりません。

こちらも調べてみたら、
「滴定とは、濃度既知の試薬を加えることで、試料中に溶解している特定の物質を定量的に測定することができる分析手法」
とのことでした。ヘーボタン2です!

とはいえ、なにしろ、これだけ素晴らしい反論を生み出したのは、ひとえに(?)出題者のお手柄だと思った次第です。負けるな、受験生!

蛇足ですが、
「恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」
は、私の好きな都々逸の一つです。作者は、江戸末期の都々逸作者とか?蛍が化学発光していたとは、夢にも思わなかったことでしょうね。


※画像は、クリエイター・sakuさんの「蛍を描いてみました」という1葉をかたじけなくしました。お礼申し上げます。